文鳥の日は10月24日|由来は「手に幸せ」と江戸からの歴史

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カレンダーで「10月24日は文鳥の日」と見かけて、どうしてこの日なのか気になった方もいるのではないでしょうか。文鳥は、白い頬と赤いくちばしが愛らしい小鳥です。江戸時代から日本で親しまれてきた、身近なペットのひとつでもあります。

この記事では、文鳥の日の由来と制定した人、文鳥の原産地と名前のいわれ、江戸時代の渡来から愛知県弥富市で白文鳥が生まれるまでの歴史を整理しました。羽色の種類や、記念日の楽しみ方もあわせて紹介します。

文鳥の日は毎年10月24日で、2026年は土曜日です。「て(10)に(2)し(4)あわせ」=手に幸せと読む語呂合わせから、文鳥に詳しいライターの伊藤美代子さんが定め、日本記念日協会に登録されました。

目次

文鳥の日は10月24日|いつ・誰が決めた記念日?

文鳥の日は毎年10月24日です。日付で決まっている記念日なので、年によって動くことはありません。国民の祝日ではないため、学校や会社はふだんどおりです。

ここでは、2026年と2027年の曜日を確かめてから、記念日を定めた人と、日本記念日協会への登録について順に説明します。文鳥の日は、メーカーや業界団体ではなく、文鳥を愛するひとりの書き手が始めた記念日です。この点を知っておくと、毎年SNSなどで文鳥の写真が集まる日になっている理由もわかりやすくなります。

2026年の文鳥の日は10月24日(土)

2026年の10月24日は土曜日です。週末にあたるので、家で文鳥とゆっくり過ごしたり、文鳥ゆかりの場所へ出かけたりしやすい年といえます。翌2027年の10月24日は日曜日にあたり、2年続けて週末に重なります。

10月24日は、二十四節気の「霜降(そうこう)」のころです。朝晩の冷え込みが強まり、秋が深まっていく時期にあたります。小鳥を飼っている家では、部屋の温度を気にかけ始める季節の入り口でもあります。

制定したのは文鳥に詳しいライターの伊藤美代子さん

文鳥の日を定めたのは、文鳥について長く執筆を続けてきたライターの伊藤美代子さんです。文鳥の飼い方や魅力を伝える本や記事を手がけてきた人で、文鳥好きのあいだではよく知られた存在です。

記念日には、文鳥と暮らす人たちが、手のひらに乗る小さな鳥との幸せをかみしめる日にしたい、という思いが込められているとされます。企業の商品を売り込むための記念日ではないので、飼い主が思い思いに祝える、やわらかな雰囲気の記念日になっています。

日本記念日協会に認定・登録された記念日

文鳥の日は、一般社団法人・日本記念日協会に認定・登録されています。伊藤さんの紹介文では、2005年に登録されたとされています。日本記念日協会は、企業や団体、個人が申請した記念日を審査して登録している民間の団体です。

「〇〇の日」と呼ばれる記念日には、国が定めた祝日のほかに、こうした民間の登録制度で生まれたものがたくさんあります。登録されると協会の記念日データベースに載り、カレンダーやニュースで紹介される機会が増えます。文鳥の日も、この仕組みによって広く知られるようになりました。

文鳥の日の由来|10月24日が選ばれた3つの理由

10月24日が選ばれた理由として紹介されているのは、「手に幸せ」と読む語呂合わせ、手乗り文鳥のヒナが出回り始める季節であること、そして「1024」という数字の並びを文鳥の姿に見立てられることの3つです。

このうち中心になるのは語呂合わせで、ほかの2つは日付の選び方を後押しする理由と考えるとわかりやすいでしょう。ここでは3つの理由を順に取り上げ、最後に、ほかの小鳥にちなむ記念日との違いにもふれます。由来の説明は紹介する資料によって言い回しが少しずつ違うため、共通している内容を中心にまとめました。

「て(10)に(2)し(4)あわせ」の語呂合わせ

いちばんよく知られている由来が、10・2・4を「て・に・し(あわせ)」と読む語呂合わせです。つなげると「手に幸せ」となり、人の手に乗って甘える手乗り文鳥の姿と重なります。

ヒナのころから人の手で育てられた文鳥は、飼い主の手のひらに乗ったり、指先で眠ったりするほど人になつくことがあります。手のひらに感じる小さな体の温かさは、文鳥と暮らす人にとって何よりの幸せでしょう。語呂合わせの「手に幸せ」は、そうした暮らしの一場面をそのまま言葉にしたものといえます。

手乗り文鳥のヒナが出回り始める季節

10月下旬は、ペットショップなどに手乗り文鳥のヒナが出回り始める時期とされています。日本で飼われている文鳥は、暑さが落ち着く秋から春にかけて繁殖することが多く、秋はヒナを迎える季節の始まりにあたるからです。

手乗りにするには、羽が生えそろう前のヒナのうちから人が餌を与えて育てるのが一般的です。そのため、文鳥を新しく迎える人にとっても、秋は気持ちが高まる時期になります。語呂合わせの日付が、ちょうど文鳥の季節と重なっていることも、この日が記念日にふさわしいとされる理由です。

「1024」の数字を文鳥の姿に見立てる説

もうひとつの理由として、「1024」という数字の並びで文鳥の姿を表せることも挙げられています。数字の形を生き物に見立てる遊び心は、語呂合わせと並んで記念日の日付選びによく使われる工夫です。手帳の隅に「1024」と書いて、文鳥の絵に見えるか試してみるのも楽しいでしょう。

小鳥にちなむ日はほかにもあります。11月15日は「いい(11)インコ(15)」の語呂合わせから「いいインコの日」とされ、5月10日から16日までの1週間は、野鳥を守る取り組みを呼びかける「愛鳥週間(バードウィーク)」です。文鳥の日は、そのなかでも特定の1種類の鳥に絞った記念日である点が特徴です。

文鳥とはどんな鳥?原産地と名前の由来

文鳥は、スズメの仲間に近いカエデチョウ科の小鳥で、もとはインドネシアの島々に暮らしていた鳥です。全長は15cm前後で、スズメよりひと回り大きいくらいの大きさです。黒い頭に白い頬、灰色の体、太くて赤いくちばしが目印です。

ここでは、文鳥がもともと住んでいた場所、「文鳥」という名前がどこから来たのか、そして野生の文鳥がいま置かれている状況の3つを紹介します。日本ではペットとして身近な鳥ですが、ふるさとの島々では数が減り、保護が必要な鳥になっています。記念日をきっかけに、そうした一面も知っておくと見方が変わります。

原産はインドネシアのジャワ島・バリ島

文鳥のふるさとは、インドネシアのジャワ島やバリ島です。英語では「Java sparrow(ジャワのスズメ)」と呼ばれ、名前にも原産地が表れています。田んぼのまわりや草地、人里近くの林などで、群れをつくって暮らしてきました。

学名に含まれる「oryzivora(オリジヴォラ)」は、ラテン語で「米を食べるもの」という意味です。その名のとおり稲の実を好んで食べるため、原産地では田んぼを荒らす鳥として嫌われることもありました。また、飼い鳥として世界各地へ運ばれた結果、ハワイやプエルトリコなど、もともといなかった土地にも野生化した群れがすみついています。

「文鳥」という名前の由来(『本朝食鑑』の記述)

「文鳥」の「文」には、模様や彩り、あやという意味があります。黒・白・灰色・赤がくっきり分かれた羽の色合いと、整った姿が美しいことから「文鳥」と呼ばれるようになったと考えられています。

江戸時代の1697年(元禄10年)に刊行された食物の百科事典『本朝食鑑(ほんちょうしょっかん)』には、姿が美しいことから文鳥と呼ばれる、という趣旨の記述があるとされています。少なくとも江戸時代の前半には、文鳥という呼び名が日本で使われていたことがわかります。中国でも古くから「文鳥」と書かれており、名前も鳥と一緒に伝わってきたと考えられます。

野生の文鳥は絶滅危惧種

ペットとしてはおなじみの文鳥ですが、原産地の野生の個体は大きく数を減らしています。国際自然保護連合(IUCN)のレッドリストでは、絶滅のおそれが高い「危機(Endangered)」に分類されています。鳥類の保護団体バードライフ・インターナショナルは、野生の成鳥の数を1,000〜2,499羽ほどと見積もっています。

数が減った主な原因は、飼い鳥にするための捕獲です。そのほか、田畑を守るための駆除や、農薬の使用、すみかの減少も影響しているとされます。文鳥は野生動物の国際取引を規制するワシントン条約の附属書IIに載っていて、輸出入には許可が必要です。日本で暮らす文鳥の多くは、人の手で代々繁殖されてきた飼い鳥の子孫です。

日本の文鳥の歴史|江戸時代の渡来と弥富の白文鳥

文鳥は江戸時代に日本へやってきて、まず大名や裕福な人たちに、やがて庶民にも愛されるようになりました。明治に入ると、愛知県の弥富(やとみ)で真っ白な白文鳥が生まれ、日本を代表する飼い鳥のひとつになっていきます。

ここでは、江戸時代の渡来と絵画に描かれた文鳥、弥富で文鳥の飼育が始まったいきさつ、そして白文鳥の誕生と産地の今の3つに分けて紹介します。弥富の話には地元の言い伝えも含まれ、明治時代の様子は資料が少ないとされています。そのため、確かめられる範囲で幅をもたせて書いています。

江戸時代に中国を経て渡来し、絵画にも描かれた

文鳥が日本へ来たのは、江戸時代の初めごろとされています。東南アジアから中国を経由し、交易船に乗って長崎などから入ってきたと考えられています。江戸時代は、大名が海外の珍しい鳥を取り寄せたり、庶民が花や鳥を見物できる「花鳥茶屋」に出かけたりと、鳥を愛でる文化が大きく広がった時代でした。

文鳥は絵の題材にも選ばれています。秋田藩の一族で、西洋画の技法を取り入れた「秋田蘭画」の画家として知られる佐竹曙山(さたけ しょざん、1748〜1785年)は、『椿に文鳥図』を残しました。椿の枝に寄り添う2羽の文鳥が描かれた作品で、神戸市立博物館が所蔵しています。異国から来た鳥が、日本の花と一緒に描かれるほど親しまれていたことがうかがえます。

愛知県弥富市で始まった文鳥の飼育

愛知県の西の端、名古屋市の近くにある弥富市は、「文鳥の聖地」とも呼ばれる文鳥の産地です。始まりは江戸時代の末とされ、武家屋敷に奉公していた八重(やえ)という女性が、奉公先からもらった文鳥のつがいを連れて、又八新田(またはちしんでん)の大島新四郎のもとへ嫁いできたことがきっかけだと伝えられています。

このとき持ち込まれたのは桜文鳥だったとされます。その後、文鳥の繁殖は又八地区を中心に、農家の副業として広がっていきました。田畑の仕事のかたわらで小鳥を育てる暮らしが、地域の産業へと育っていったのです。愛知県の資料では、弥富市を「かつて生産量日本一だった文鳥の生産地」として紹介しています。

明治に突然変異で生まれた白文鳥

明治の初めごろ、弥富でたくさん生まれた文鳥のヒナのなかから、突然変異で真っ白な文鳥が現れたと伝えられています。生まれた当初の白い文鳥は体が弱かったものの、二代、三代と大切に育てるうちに、丈夫な白文鳥が生まれるようになったとされます。こうして弥富は「白文鳥発祥の地」として知られるようになりました。

近年は飼い鳥の好みの移り変わりや担い手の高齢化などから、弥富で文鳥を繁殖する農家はごくわずかになったと伝えられています。市内の弥富市歴史民俗資料館では、文鳥の飼育の歴史を紹介する展示を見ることができます。

明るい窓辺の木の止まり木に、真っ白な体に赤いくちばしの白文鳥と、灰色の体に黒い頭・白い頬の桜文鳥が2羽並んでとまっている様子

文鳥の主な種類|桜文鳥・白文鳥と新しい羽色

文鳥は1種類の鳥ですが、飼い鳥として長く繁殖されるうちに、羽の色が違うさまざまなタイプが生まれました。昔から日本で親しまれてきたのは並文鳥・桜文鳥・白文鳥の3つで、近年はシナモンやシルバーといった新しい羽色も見かけるようになっています。

ここでは、まず昔からある3つの羽色を表で比べ、それぞれの特徴を説明します。続いて、比較的新しく広まった羽色を紹介します。羽色が違っても同じ文鳥なので、性格や飼い方が大きく変わるわけではありません。好みの見た目を選ぶときの参考にしてください。

昔からの羽色(並文鳥・桜文鳥・白文鳥)

羽色見た目の特徴ひとこと
並文鳥(ノーマル)黒い頭、白い頬、灰色の体、赤いくちばし野生の文鳥にいちばん近い色合い
桜文鳥並文鳥に似た色で、体に白い羽がまだらに混じる白い羽を桜の花びらに見立てた名前
白文鳥全身が真っ白で、くちばしと目のまわりが赤い明治に弥富で生まれた日本ゆかりの羽色

並文鳥は、原種の姿をそのまま残した羽色です。桜文鳥は白い羽の入り方が1羽ずつ違うので、模様で見分けがつきやすいのも魅力です。白文鳥は、白い羽に赤いくちばしが映える、すっきりとした姿が人気です。

シナモン・シルバー・クリームなどの新しい羽色

比較的新しく広まった羽色には、体全体が淡い茶色やベージュがかったシナモン文鳥、灰色がやわらかく明るいシルバー文鳥などがあります。さらに、シナモンとシルバーの特徴をあわせもつような、ごく淡い色合いのクリーム文鳥も知られています。

こうした羽色は、主に海外の愛好家のもとで固定され、日本にも入ってきたものです。ペットショップや専門店で見かける機会は、並文鳥・桜文鳥・白文鳥にくらべるとまだ少なめです。迎えたい羽色が決まっている場合は、小鳥の専門店や、文鳥を扱う繁殖家に相談してみるとよいでしょう。

文鳥の日の過ごし方・楽しみ方

文鳥の日の楽しみ方に決まりはありません。文鳥と暮らしている人なら、ふだんより少し丁寧に世話をして、写真に残すだけでも立派なお祝いです。飼っていない人でも、文鳥が登場する本を読んだり、文鳥ゆかりの場所を訪ねたりして楽しめます。

ここでは、SNSでの楽しみ方、夏目漱石の短編『文鳥』、弥富市歴史民俗資料館の3つを紹介し、最後に、文鳥を迎えたいと考えている人に向けて、迎える前に確かめておきたいことをまとめます。2026年の文鳥の日は土曜日なので、出かける予定も立てやすいはずです。

SNSの「#文鳥の日」で写真を見る・投稿する

毎年10月24日になると、SNSには「#文鳥の日」をつけた文鳥の写真や動画がたくさん投稿されます。手のひらで眠る姿、水浴びのあとのふくらんだ姿など、飼い主ならではの一枚を眺めているだけでも楽しいものです。海外の英語ニュースサイトが、日本の文鳥の日の投稿を紹介したこともあります。

自分で投稿するときは、写真に写り込む窓の外の景色や住所がわかるものに気をつけましょう。撮影ではフラッシュを使わず、明るい部屋の自然光で撮ると、文鳥を驚かせずにすみます。動物にちなむ記念日では、2月22日の猫の日にも同じように写真が集まります。

夏目漱石の短編『文鳥』を読む

文鳥の日に読みたい1編が、夏目漱石の短編小説『文鳥』です。1908年(明治41年)に大阪朝日新聞に掲載された作品で、門下生の鈴木三重吉にすすめられて文鳥を飼い始めた「自分」が、鳥かごの中の小さな鳥を見つめる日々が描かれています。

文鳥のしぐさや鳴き声を写した細やかな文章は、今読んでも文鳥と暮らす人の目線そのものです。一方で、物語の結末はさみしいもので、生き物を飼う責任についても考えさせられます。短い作品なので、文鳥の日の夜に1時間ほどで読み切れます。新潮文庫の『文鳥・夢十夜』などに収められています。

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弥富市歴史民俗資料館で文鳥の歴史に触れる

文鳥の歴史を自分の目で確かめたいなら、愛知県弥富市にある弥富市歴史民俗資料館がおすすめです。地域の歴史や暮らしの道具とあわせて、白文鳥の産地として歩んできた弥富の文鳥の歴史が紹介されています。愛知県の観光サイトでも、文鳥の歴史を学べる場所として案内されています。

弥富市は名古屋市から近く、電車でも車でも日帰りで訪ねやすい場所です。開館日や開館時間、休館日は変わることがあるため、出かける前に弥富市のホームページで確かめておきましょう。資料館のまわりの又八地区は、かつて文鳥の繁殖が盛んだった土地なので、あわせて歩いてみると歴史をより身近に感じられます。

文鳥を迎えたい人がこの日に考えたいこと

文鳥の日をきっかけに、文鳥を家族に迎えたいと考える人もいるでしょう。文鳥の寿命は平均7〜8年ほどとされ、10年近く生きることもあります。小さな鳥でも、毎日の餌と水の交換、鳥かごの掃除、部屋の温度の管理が長く続くことを、家族で話し合っておきましょう。

手乗りにしたいならヒナから育てる方法がありますが、ヒナのうちは1日に何度も餌を与える必要があり、日中に家を空けがちな人には負担が大きくなります。鳥かごから出して遊ばせるときは、窓やドアを閉め、台所の火や水まわりに近づけないようにします。旅行のときに世話を頼める人がいるか、小鳥を診てもらえる動物病院が近くにあるかも、迎える前に調べておくと安心です。

文鳥は群れで暮らす鳥で、ひとりにされる時間が長いとさびしがるといわれます。迎える前に、家で過ごす時間や、世話を分担できる人がいるかを確かめておきましょう。

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文鳥の日に関するよくある質問

文鳥の日はいつですか?

毎年10月24日です。日付で決まっている記念日なので、年によって動くことはありません。2026年は土曜日、2027年は日曜日にあたります。

文鳥の日は誰が決めたのですか?

文鳥について執筆を続けてきたライターの伊藤美代子さんが定め、一般社団法人・日本記念日協会に認定・登録されました。登録は2005年とされています。

なぜ10月24日なのですか?

「て(10)に(2)し(4)あわせ」=手に幸せと読む語呂合わせが中心です。手乗り文鳥のヒナが出回り始める時期であることや、「1024」の数字で文鳥の姿を表せることも理由とされています。

白文鳥はどこで生まれたのですか?

愛知県弥富市です。江戸時代の末に文鳥の飼育が始まり、明治の初めごろに突然変異で白い文鳥が現れたと伝えられています。弥富は今も「白文鳥発祥の地」として知られています。

10月24日はほかに何の日ですか?

1945年のこの日に国際連合憲章が発効し、国際連合が正式に発足したことから「国連デー(国際連合の日)」とされています。

まとめ

文鳥の日は毎年10月24日です。「て(10)に(2)し(4)あわせ」=手に幸せの語呂合わせから、ライターの伊藤美代子さんが定め、日本記念日協会に登録されました。手乗り文鳥のヒナが出回り始める季節とも重なっています。

文鳥はインドネシアのジャワ島・バリ島が原産で、江戸時代に日本へ渡ってきました。愛知県弥富市では江戸時代の末に飼育が始まり、明治に白文鳥が生まれています。一方、原産地の野生の文鳥は、絶滅のおそれが高い鳥になっています。

文鳥の日は、文鳥と暮らす人は手のひらの幸せをかみしめ、飼っていない人は漱石の『文鳥』や弥富の歴史にふれて、小さな鳥と人との長いつきあいを感じてみる日です。

前日の10月23日は、2026年は十三夜のお月見にあたりました。10月の行事をまとめて知りたい方は、こちらもあわせてご覧ください。

翌日の10月25日は世界パスタデーです。1995年にイタリアのローマで開かれた「第1回世界パスタ会議」にちなむ、パスタを世界で祝う記念日です。

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