癸酉(みずのととり)とは?読み方・意味と2026年の癸酉の日

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カレンダーや暦の本で「癸酉」という文字を見かけて、なんと読むのか迷ったことはありませんか。生まれ年の干支として目にしたり、歴史の本で「癸酉の年」という表現に出会ったりすることもあるでしょう。

この記事では、癸酉の読み方と意味、2026年・2027年の癸酉の日、癸酉にあたる年と年齢、歴史の中の癸酉までをまとめて紹介します。

癸酉は「みずのととり」と読み、六十干支の10番目です。癸酉の日は60日ごとに巡り、2026年は10月26日(月)、その次は12月25日(金)です。年では1933年・1993年が癸酉で、次は2053年です。

目次

癸酉(みずのととり)とは?読み方と意味

癸酉は、十干の「癸(みずのと)」と十二支の「酉(とり)」を組み合わせた干支で、六十干支の10番目にあたります。年・月・日のそれぞれに割り当てられ、60年や60日でひと回りします。

ここでは、まず読み方を確かめ、次に六十干支の中での位置(前後の干支)を見ていきます。最後に「癸」と「酉」の字の成り立ちと、陰陽五行での意味を紹介します。ふだん「とり年」と呼んでいるのは十二支だけを取り出した言い方で、正式な干支は十干とセットで表す、という点を押さえておくと理解しやすくなります。

読み方は「みずのととり」、音読みは「きゆう」

癸酉の訓読みは「みずのととり」です。「癸」を「みずのと」、「酉」を「とり」と読み、つなげて発音します。音読みでは「きゆう」と読み、辞書にはこの2つの読みが載っています。

「みずのと」は「水の弟(と)」が語源です。十干は木・火・土・金・水の五行を、それぞれ兄(え)と弟(と)に分けた10種類で、癸は水の弟にあたります。同じ水の兄は「壬(みずのえ)」です。中国語では「グイヨウ(guǐ yǒu)」と読み、韓国語では「계유(ケユ)」と読みます。歴史用語ではこちらの読みで出てくることもあります。

六十干支の10番目|前は壬申、次は甲戌

六十干支は「甲子(きのえね)」から始まり、十干と十二支を1つずつずらしながら組み合わせていきます。癸酉はその10番目で、1つ前が9番目の「壬申(みずのえさる)」、1つ後が11番目の「甲戌(きのえいぬ)」です。

癸は十干の10番目(最後)、酉は十二支の10番目です。最初の10個は十干と十二支の番号がそろうため、癸酉は「十干がちょうどひと回りする区切り」にあたります。11番目からは十干が甲に戻り、十二支は戌・亥と続くので、組み合わせがずれていきます。10と12の最小公倍数が60なので、全部で60通りになるという仕組みです。

1つ前の「壬申」は、672年の「壬申の乱」の名前にも使われています。日本史の出来事には、起きた年の干支で呼ばれるものが少なくありません。

「癸」と「酉」それぞれの意味と陰陽五行

「酉」はもともと酒を入れる壺の形をかたどった字で、鳥とは関係がありませんでした。十二支に動物を当てはめたのは後の時代で、酉には鶏が割り当てられています。漢字の部首としての「酉」は、鳥(とり)と区別するために「ひよみのとり(日読みの酉)」と呼ばれます。暦で日を読むときに使う酉、という意味です。酒・酢・醤などの字に使われているのも、壺の形に由来します。

陰陽五行では、癸は「水の陰」、酉は「金の陰」に分類されます。五行には「金は水を生む(金生水)」という相生の関係があり、癸酉は下の酉(金)が上の癸(水)を生み出す組み合わせと説明されます。また、干支を2つずつ組にして五行を当てる「納音(なっちん)」では、壬申と癸酉は「剣鋒金(けんぽうきん)」とされています。

酉は方角では西、時刻では午後5時から7時ごろ(酉の刻)、月では旧暦の8月にあたります。夕暮れどきや秋の実りの時期と結びつく十二支です。

和紙を敷いた木の机の上に、素朴な木彫りの鶏の置物と、水を張った小さな陶器の器、古い和綴じの暦の本が並ぶ様子。窓から夕方のやわらかな光が差し込む

2026年・2027年の癸酉の日はいつ?

癸酉の日は60日に1回巡ってくるため、1年におよそ6回あります。2026年は2月28日・4月29日・6月28日・8月27日・10月26日・12月25日の6回です。2027年も6回あり、最初は2月23日です。

ここでは、2026年と2027年の癸酉の日を曜日つきで表にまとめます。あわせて、60日周期の仕組みと、手元のカレンダーで次の癸酉の日を自分で数える方法も紹介します。日の干支は、多くの暦本や日めくりカレンダーに「癸酉」と小さく印刷されているので、一覧と照らし合わせて確かめることもできます。

2026年の癸酉の日一覧(6回)

2026年の癸酉の日は次の6日です。60日ごとなので、日付は2か月ごとに1〜2日ずつ前へずれていきます。

回日付曜日
1回目2026年2月28日土曜日
2回目2026年4月29日水曜日(昭和の日)
3回目2026年6月28日日曜日
4回目2026年8月27日木曜日
5回目2026年10月26日月曜日
6回目2026年12月25日金曜日

4月29日は祝日の昭和の日、12月25日はクリスマスと重なります。10月26日の癸酉の日は、選日の「一粒万倍日」にもあたります。

2027年の癸酉の日一覧(6回)

2027年の癸酉の日は次の6日です。2026年12月25日から数えて60日後の2月23日が、2027年最初の癸酉の日になります。

回日付曜日
1回目2027年2月23日火曜日(天皇誕生日)
2回目2027年4月24日土曜日
3回目2027年6月23日水曜日
4回目2027年8月22日日曜日
5回目2027年10月21日木曜日
6回目2027年12月20日月曜日

2027年は2月23日の天皇誕生日が癸酉の日です。週末にあたるのは4月24日(土)と8月22日(日)の2回なので、癸酉の日に合わせて出かけたい場合は、このあたりが予定を立てやすい日になります。

60日ごとに巡る仕組みと自分で数える方法

日の干支は、閏月や閏年に関係なく、毎日1つずつ順番に進みます。古代中国から途切れずに続いてきたとされる数え方で、60日たつと同じ干支に戻ります。そのため、癸酉の日が1日わかれば、そこに60日を足していくだけで次の日付が出せます。

手で数えるときは「30日後の、さらに30日後」と2回に分けるとまちがえにくくなります。たとえば10月26日なら、30日後が11月25日、さらに30日後が12月25日です。手元の暦本で、その日の欄に「癸酉」と書かれているかを確かめれば確実です。1日ずれると「壬申」や「甲戌」になるので、前後の干支もあわせて見ておくと安心です。

毎日の干支・六曜・選日がひと目でわかる暦本を1冊持っておくと、癸酉の日に限らず、己巳の日や甲子の日なども自分で調べられるようになります。

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癸酉の年は何年?生まれ年と年齢の早見表

癸酉の年は60年に1回で、近いところでは1933年(昭和8年)と1993年(平成5年)です。次の癸酉の年は2053年になります。1993年生まれの人が還暦を迎える年が、ちょうど次の癸酉の年にあたります。

ここでは、1813年から2053年までの癸酉の年を和暦と年齢つきで一覧にします。そのうえで、1月・2月生まれの人が気をつけたい「年の区切り」の違いを説明します。西暦から癸酉の年かどうかを見分けるには、西暦の一の位が「3」で、西暦を12で割った余りが「1」になるかを確かめます。両方を満たせば癸酉の年です(例:1993÷12=166余り1)。

1813〜2053年の癸酉の年(西暦・和暦・年齢)

癸酉の年を、西暦と和暦の対応、2026年の誕生日を迎えたあとの満年齢とあわせて表にまとめました。

西暦和暦2026年の誕生日後の満年齢
1813年文化10年―
1873年明治6年―
1933年昭和8年93歳
1993年平成5年33歳
2053年令和35年(改元がない場合)―

2026年の誕生日がまだ来ていない場合は、表の年齢から1を引いてください。1933年生まれの人は、1993年に生まれ年と同じ癸酉の年を迎えて還暦を祝ったことになります。同じように、1993年生まれの人は2053年に還暦を迎えます。

1月・2月生まれは要注意|立春で区切る考え方

年賀状やふだんの会話で使う干支は、1月1日で切り替えるのが一般的です。この数え方なら、1993年1月1日から12月31日までに生まれた人はみな癸酉(とり年)になります。

一方、四柱推命や九星気学など暦をもとにした占いでは、立春(2月4日ごろ)を年の始まりとする考え方がとられます。この場合、1993年1月1日から立春の前日までに生まれた人は、前年の干支である「壬申(みずのえさる)」の年として扱われます。1993年の立春は2月4日でした。占いの本やサイトで自分の干支が「思っていたのと違う」と感じたら、立春前の生まれかどうかを確かめてみてください。

立春の日付は年によって2月3日や2月5日になることもあります。生まれ年の立春がいつだったかは、国立天文台の暦要項などで確認できます。

歴史の中の癸酉|改暦の明治6年と「癸酉」がつく出来事

癸酉の年には、日本の暦そのものが大きく変わった年が含まれています。1873年(明治6年)は、それまでの旧暦(太陰太陽暦)から、現在の太陽暦(グレゴリオ暦)に切り替わった最初の年です。

ここでは、明治6年の改暦を中心に、昭和8年・平成5年の主な出来事と、中国・朝鮮で「癸酉」の名がついた歴史上の出来事を紹介します。干支は、年を数える道具として長く使われてきました。「壬申の乱」や「戊辰戦争」のように、出来事の名前にその年の干支が残っている例も多く、癸酉もそのひとつです。

明治6年(1873年)は太陽暦が始まった年

明治政府は明治5年11月に改暦を発表し、旧暦の明治5年12月3日を、新しい暦の明治6年1月1日としました。発表から実施まで1か月もなかったため、明治5年の12月は2日しかありませんでした。

この改暦では、1年を365日とし、4年に1度の閏年を置く仕組みや、1日を24時間に等分する時刻の数え方も取り入れられました。準備期間が短かったため各地で混乱があり、福沢諭吉は太陽暦のしくみをやさしく説いた『改暦弁』を著しています。明治6年には、徴兵令の公布や地租改正の開始など、近代国家の土台となる制度づくりも進みました。

昭和8年(1933年)・平成5年(1993年)の主な出来事

1933年(昭和8年)は、3月3日に昭和三陸地震が起こり、津波で大きな被害が出た年です。同じ3月には、日本が国際連盟からの脱退を通告しました。12月23日には、明仁親王(現在の上皇さま)が誕生しています。

1993年(平成5年)は、5月にサッカーのJリーグが開幕し、6月には皇太子さま(現在の天皇陛下)と雅子さまの結婚の儀が行われました。夏は記録的な冷夏で、米の不作から外国産米が緊急輸入される事態になりました。8月には細川護熙内閣が発足し、12月には法隆寺地域の仏教建造物・姫路城・屋久島・白神山地の4件が、日本で初めて世界遺産に登録されています。

中国・朝鮮の「癸酉」がつく歴史用語

朝鮮王朝では、1453年(癸酉の年)に首陽大君(のちの第7代国王・世祖)が重臣の金宗瑞らを殺害して実権を握りました。この政変は「癸酉靖難(きゆうせいなん)」と呼ばれ、韓国の歴史ドラマの題材にもなっています。

中国の清では、1813年(癸酉の年)に民間宗教の天理教の信徒が北京の紫禁城に攻め込む事件が起き、「癸酉之変(きゆうのへん)」と呼ばれています。日本の天理教とは別の宗教集団です。このように、東アジアでは年を干支で呼ぶ習慣が共通していたため、同じ「癸酉」の名が国をまたいで歴史に残っています。

癸酉の日は吉日?暦注と占いでの扱い

癸酉の日そのものは、己巳の日や甲子の日のように「この干支の日は縁起がよい」と決まった吉日ではありません。暦の上では60日に1回巡ってくるふつうの日で、吉凶は同じ日に重なる六曜や選日などの暦注で判断するのが一般的です。

ここでは、干支で決まる代表的な吉日と癸酉の日の違い、四柱推命での癸酉の扱い、六曜や選日との重なり方を順に見ていきます。暦注や占いは、科学的な根拠のある決まりごとではありません。行事の日取りやお祝いの参考として、気持ちよく過ごすための目安にするのがよいでしょう。

己巳の日・甲子の日のように決まった吉日ではない

干支で決まる日のうち、よく知られているのは次のような日です。いずれも60日に1回巡ってくる点は癸酉の日と同じですが、それぞれ特定の神仏や風習と結びついています。

干支で決まる代表的な日
  • 甲子(きのえね)の日:六十干支の1番目。大黒天の縁日とされる
  • 己巳(つちのとみ)の日:6番目。弁財天の縁日とされ、金運の日として知られる
  • 庚申(かのえさる)の日:57番目。夜通し起きて過ごす「庚申待ち」の風習があった

癸酉の日には、こうした広く知られた縁日や行事は見当たりません。「癸酉の日だから特別に縁起がよい」「避けたほうがよい」と考える必要はなく、六十干支を順に数えたうちの1日と受け止めておけば十分です。

四柱推命での癸酉の見方(流派で解釈が違う)

四柱推命では、生まれた年・月・日・時刻をそれぞれ干支で表し、4つの柱として並べます。癸酉は、生まれ年の柱(年柱)にも、生まれ日の柱(日柱)にも現れます。とくに日柱の干支は、その人自身を表す中心の柱として扱われます。

癸は雨や霧のような静かな水、酉は秋の澄んだ金属にたとえられることが多く、そこから「繊細」「几帳面」といった性格のイメージが語られることがあります。ただし、四柱推命は8つの文字の組み合わせ全体で読むもので、日柱だけで人柄が決まるわけではありません。解釈は流派や鑑定する人によっても異なります。性格や相性の話は読みものとして楽しむ程度にし、大事な決断の根拠にしないようにしましょう。

六曜や選日と重なる日の見方

カレンダーには、干支のほかに六曜(大安・仏滅など)や選日(一粒万倍日・天赦日など)が書かれていることがあります。これらは互いに別の決まりで割り当てられているため、癸酉の日が大安になる年もあれば、仏滅になる年もあります。

たとえば2026年10月26日の癸酉の日は、一粒万倍日と重なっています。一粒万倍日は、月ごとに決まった十二支の日が選ばれる選日で、酉の日が選ばれる月もあるため、こうした重なりが生まれます。日取りを考えるときは、干支だけで判断せず、六曜や選日をあわせて確かめるのが暦の一般的な見方です。

六曜は、もともと中国から伝わった時刻の吉凶占いがもとになったとされ、干支とは成り立ちが異なります。六曜の意味や順番は、次の記事で一覧にしています。

癸酉に関するよくある質問

癸酉は何と読みますか?

訓読みで「みずのととり」と読みます。音読みでは「きゆう」です。十干の癸(みずのと)と十二支の酉(とり)を組み合わせた干支です。

癸酉は六十干支の何番目ですか?

甲子から数えて10番目です。1つ前は壬申(みずのえさる)、1つ後は甲戌(きのえいぬ)です。

次の癸酉の日はいつですか?

2026年10月26日の次は、60日後の12月25日です。2027年は2月23日・4月24日・6月23日・8月22日・10月21日・12月20日の6回です。

1993年生まれは癸酉ですか?

一般的な干支(1月1日で切り替える数え方)では、1993年生まれはみな癸酉です。四柱推命など立春で年を区切る考え方では、1993年2月3日までに生まれた人は前年の壬申として扱われます。

次の癸酉の年はいつですか?

2053年です。1993年から60年後で、1993年生まれの人が還暦を迎える年にあたります。

まとめ

癸酉は「みずのととり」と読み、十干の癸と十二支の酉を組み合わせた、六十干支の10番目の干支です。十干がちょうどひと回りする区切りにあたり、陰陽五行では金(酉)が水(癸)を生む組み合わせとされています。

癸酉の日は60日ごとに巡り、2026年は10月26日の次が12月25日です。癸酉の年は1933年・1993年で、次は2053年になります。明治6年(1873年)も癸酉の年で、日本で太陽暦が始まった年として暦の歴史に名を残しています。

癸酉の日は特別な吉日ではありませんが、暦本やカレンダーで干支を見る習慣をつけると、己巳の日や甲子の日など、干支で決まる日の巡りも自然とわかるようになります。

2026年の年の干支は丙午(ひのえうま)です。年の干支の意味や年齢早見表は、こちらで紹介しています。

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