カレンダーで「10月17日は貯蓄の日」と見かけて、誰がどんな理由で決めた日なのか気になった方もいるのではないでしょうか。お金の記念日なのに、なぜ秋のこの日なのかと不思議に感じる方もいるかもしれません。
この記事では、貯蓄の日の日付と制定の経緯、由来になった宮中祭祀「神嘗祭(かんなめさい)」との関係をまとめました。制定した委員会がその後どう変わったのか、10月31日の世界貯蓄デーとの違い、「貯蓄」「貯金」「預金」の使い分けも紹介します。
貯蓄の日は毎年10月17日で、2026年は土曜日です。1952年に貯蓄増強中央委員会が、その年の新穀を神に供える神嘗祭の日にちなんで定めました。
貯蓄の日は毎年10月17日|2026年は土曜日
貯蓄の日は毎年10月17日です。2026年の10月17日は土曜日にあたります。国民の祝日ではないため、この日が平日でも学校や会社が休みになることはありません。
ここでは、日付の決まり方、記念日を定めた団体、そしてよく見かける「日本銀行が制定した」という説明の3点を順に整理します。先に押さえておきたいのは、貯蓄の日を定めたのは日本銀行そのものではなく、1952年に発足した民間と官の協力による中央組織だという点です。
日付が動かない固定の記念日
貯蓄の日は「10月の第○曜日」のような決め方ではなく、日付そのもので決まっている記念日です。そのため、年によって日が動くことはありません。曜日は1年ごとに1つずつ(うるう年をまたぐと2つ)ずれていき、2027年は日曜日、2028年は火曜日になります。
10月17日という日付は、明治時代から宮中と伊勢神宮で神嘗祭が行われてきた日と同じです。貯蓄の日はこの祭りの日を借りて定められたため、もとになった祭りの日付がそのまま受け継がれています。
1952年に貯蓄増強中央委員会が制定
貯蓄の日を定めたのは、1952年(昭和27年)に発足した「貯蓄増強中央委員会」です。国民に貯蓄を呼びかける運動の中心となる組織で、発足にあわせてこの日が記念日として定められました。
初代会長には、日本銀行総裁や大蔵大臣を務めた渋沢敬三が就いています。各都道府県にも同じ役割を持つ委員会が置かれ、貯蓄の日の前後には、貯蓄の普及に尽くした人や団体の表彰などが全国で行われてきました。
「日本銀行が制定」という説明について
記念日を紹介するサイトの中には、貯蓄の日を「日本銀行が制定した」と説明しているものがあります。ただ、制定したのは貯蓄増強中央委員会とする説明のほうが多く、この記事でもそちらに従っています。
混同されやすいのは、この委員会と日本銀行の結びつきが強かったためです。委員会の事務局は長く日本銀行の中に置かれ、初代会長も元日銀総裁でした。日本銀行が深く関わっていたのは確かですが、記念日を定めた主体としては委員会の名前を挙げるのが正確です。
由来は宮中祭祀「神嘗祭」
貯蓄の日が10月17日になったのは、この日が神嘗祭の日だからです。神嘗祭は、その年に収穫された新しい穀物を神に供え、実りに感謝する祭りです。収穫したものを大切にする心が、勤労の成果であるお金を大切に蓄える考え方と重なるため、この日が選ばれたと説明されています。
ここからは、神嘗祭がどのような祭りなのか、なぜ9月ではなく10月に行われるようになったのか、そしてお金の記念日とどう結びつくのかを順に見ていきます。
神嘗祭とは?新穀を伊勢神宮に供える祭り
神嘗祭は、その年に初めて実った稲の穂などの新穀を、伊勢神宮にまつられている天照大御神(あまてらすおおみかみ)に供える祭りです。伊勢神宮では1年でもっとも重要な祭りとされ、6月と12月の月次祭(つきなみさい)とあわせて「三節祭(さんせつさい)」と呼ばれています。
宮中でも、天皇が伊勢神宮の方角に向かって拝礼し、宮中三殿の賢所(かしこどころ)で祭典が行われます。戦前は祝祭日のひとつとして休日でしたが、1948年(昭和23年)に現在の祝日法ができたことで休日からは外れました。いまも祭りそのものは宮中と伊勢神宮で続けられています。

9月17日から10月17日へ移った理由
神嘗祭は、もともと旧暦の9月17日に行われていました。明治時代に暦が太陰太陽暦から太陽暦(新暦)に切り替わると、しばらくはそのまま新暦の9月17日に行われるようになります。
ところが、新暦の9月17日は旧暦のころより1か月ほど早い時期にあたります。この時期では稲の実りが十分ではなく、新穀を供えるのが難しかったため、1879年(明治12年)から1か月遅らせた10月17日に改められました。このように、もとの日付から1か月ずらして行う形を「月遅れ」と呼びます。
お金の記念日が神嘗祭の日になったわけ
収穫を神に感謝する神嘗祭と、お金をためる貯蓄の日は、一見すると結びつきが分かりにくいかもしれません。両者をつないでいるのは「働いて得た実りを大切にする」という考え方です。
米づくりの社会では、秋に収穫した米を蔵に納め、次の収穫までの1年を暮らしていました。実った作物をむだにせず、先の暮らしに備えて蓄えることは、昔から大切にされてきた生活の知恵です。貯蓄の日は、この感覚を現代のお金の使い方に重ねて、働いて得た収入を大切にし、将来に備える意識を高める日と位置づけられています。
なお、11月23日の勤労感謝の日は、新穀を天皇が神に供え自らも食する「新嘗祭(にいなめさい)」の日がもとになっています。神嘗祭は伊勢神宮に新穀を奉る祭り、新嘗祭はその後に宮中で行われる収穫祭で、どちらも秋の実りに感謝する祭りです。

制定した委員会の今|貯蓄増強から金融教育へ
貯蓄の日を定めた貯蓄増強中央委員会は、その後2度名前を変え、2024年には役目を新しい組織に引き継いで解散しました。記念日を紹介するサイトでは「現在の金融広報中央委員会」と書かれていることが多いものの、その委員会もすでにありません。
名前の移り変わりを追うと、国が国民に求めるお金との向き合い方が「とにかく貯める」から「お金の知識を身につける」へ変わってきた流れが見えてきます。発足の背景、2度の名称変更、2024年の引き継ぎの順に見ていきましょう。
1952年の発足と戦後の貯蓄増強運動
貯蓄増強中央委員会が発足した1952年は、サンフランシスコ平和条約が発効し、日本が独立を回復した年です。戦後の復興を進めるには、工場や設備に回すお金が欠かせませんでした。そこで、国民一人ひとりの貯蓄を増やして産業の資金に役立てようという「貯蓄増強運動」が進められました。
委員会は、政府・日本銀行・金融機関・地方公共団体などが協力して運動を進めるための中央組織でした。初代会長は渋沢敬三、顧問には当時の大蔵大臣・池田勇人が名を連ねています。貯蓄の日は、この運動を国民に広く知らせる日として設けられました。
1988年・2001年の名称変更が示すもの
高度経済成長を経て、日本の家計の貯蓄は世界的に見ても高い水準になりました。「貯蓄を増やそう」と呼びかける必要が薄れてきたことから、1988年(昭和63年)に委員会は「貯蓄広報中央委員会」へ名前を改めます。目的が貯蓄の「増強」から、暮らしの設計に役立つ情報の「広報」へ移ったことが名前に表れています。
さらに2001年(平成13年)には「金融広報中央委員会」となり、扱う範囲が貯蓄にとどまらず、ローンや保険、金融トラブルの防止など、お金にまつわる知識全般に広がりました。「知るぽると」という愛称で、家計管理や金融の基礎知識を伝える情報発信を続けてきたのがこの委員会です。
| 年 | 名称 | 主な役割 |
|---|---|---|
| 1952年 | 貯蓄増強中央委員会 | 貯蓄増強運動の推進(貯蓄の日を制定) |
| 1988年 | 貯蓄広報中央委員会 | 暮らしの設計に役立つ情報の広報 |
| 2001年 | 金融広報中央委員会(知るぽると) | 金融に関する知識全般の普及 |
| 2024年 | 金融経済教育推進機構(J-FLEC)へ事業を移管し、委員会は解散 | 金融経済教育の推進 |
2024年、金融経済教育推進機構(J-FLEC)へ
2024年4月、法律にもとづく認可法人として「金融経済教育推進機構」が設立されました。英語名の頭文字から「J-FLEC(ジェイフレック)」と呼ばれています。金融広報中央委員会は全国銀行協会・日本証券業協会とともに設立の発起人となり、自らの事業をこの機構へ移しました。
そのうえで、金融広報中央委員会は2024年10月31日をもって解散しています。つまり、貯蓄の日を定めた組織の流れは、いまは金融経済教育推進機構に受け継がれていることになります。記念日の由来を調べるときに「現在の金融広報中央委員会」という説明を見かけたら、それは2024年より前の情報だと考えてよいでしょう。
10月31日の「世界貯蓄デー」との違い
貯蓄に関する記念日は、10月にもうひとつあります。10月31日の「世界貯蓄デー」です。日本の貯蓄の日が神嘗祭という日本の祭りに由来するのに対し、世界貯蓄デーはヨーロッパの国際会議から生まれた日で、成り立ちがまったく異なります。
どちらも「貯蓄の大切さを考える日」という趣旨は共通しています。ここでは、世界貯蓄デーが生まれたいきさつと、日本の貯蓄の日との関係を整理します。日付が近いので混同しやすいのですが、制定した団体も年代も別のものと考えてください。
1924年ミラノで生まれた世界貯蓄デー
世界貯蓄デーは、1924年10月31日、イタリアのミラノで開かれた第1回国際貯蓄銀行会議の最終日に定められました。会議に参加したイタリアの教授フィリッポ・ラヴィッツァが、この日を「国際貯蓄の日」と宣言したのが始まりとされています。
当時のヨーロッパは第一次世界大戦後の混乱が続き、人々の貯蓄への信頼が揺らいでいた時期でした。会議では、世界中で貯蓄を呼びかける日を設けることが決められ、現在も各国の貯蓄銀行などがこの日に合わせた取り組みを行っています。日本では「世界勤倹デー」という名前で紹介されることもあります。
日本の貯蓄の日との関係
日本の貯蓄の日は、世界貯蓄デーを日本向けに置きかえた日ではありません。1952年に国内の貯蓄運動を進める中で、日本の暦と祭りにもとづいて独自に定められた日です。
| 項目 | 貯蓄の日 | 世界貯蓄デー |
|---|---|---|
| 日付 | 10月17日 | 10月31日 |
| 始まった年 | 1952年 | 1924年 |
| 定めた団体・場 | 貯蓄増強中央委員会 | ミラノの第1回国際貯蓄銀行会議 |
| 日付の由来 | 神嘗祭の日 | 会議の最終日 |
10月17日と10月31日は2週間ほどしか離れていないため、10月後半はお金や暮らしの備えについて考える時期と捉えることもできます。年の後半に入り、年末の出費や新しい年の計画を意識しはじめるころでもあります。
「貯蓄」「貯金」「預金」の違い
貯蓄の日にちなんで、ふだん何気なく使っている「貯蓄」「貯金」「預金」の違いも確認しておきましょう。3つの中でもっとも意味が広いのが「貯蓄」で、「貯金」と「預金」はその一部にあたります。貯金と預金は、お金を預ける先によって呼び方が分かれています。
以下では、まず3つの言葉の使い分けを表で整理し、そのあとで「貯」「蓄」という漢字の成り立ちから、貯蓄という言葉がもともと持っていた意味を見ていきます。神嘗祭とのつながりも、漢字から読み取ることができます。
3つの言葉の使い分け
「預金」は、銀行・信用金庫・信用組合などにお金を預けることです。一方の「貯金」は、ゆうちょ銀行やJAバンク(農協)、JFマリンバンク(漁協)などに預ける場合に使われてきた言葉です。どちらも金融機関にお金を預けるという点は同じで、あわせて「預貯金」と呼ばれます。
| 言葉 | 意味 | 主な預け先・例 |
|---|---|---|
| 預金 | 金融機関にお金を預けること | 銀行、信用金庫、信用組合など |
| 貯金 | 金融機関にお金を預けること | ゆうちょ銀行、JAバンク、JFマリンバンクなど |
| 貯蓄 | 将来に備えてお金をたくわえること全般 | 預貯金のほか、保険や債券・株式などを含めて使われることもある |
日常会話では、家の貯金箱にお金をためることも「貯金」と言います。「貯蓄」は預貯金だけでなく、将来に備えてお金をたくわえること全体を指す、より大きな言葉と覚えておくと使い分けに迷いません。
「貯」と「蓄」の漢字に込められた意味
「貯」には「貝(かい)」が含まれています。古代の中国では子安貝などの貝がお金として使われていたため、「財」「貨」「買」「貯」のように、お金や財産に関わる漢字には貝の字が多く含まれています。「貯」は、財貨をしまっておく様子を表した字です。
一方の「蓄」には草かんむりがついており、作物などをたくわえる意味と結びつけて説明されることがある字です。お金に関わる「貯」と、作物のたくわえにも通じる「蓄」を組み合わせた「貯蓄」という言葉は、収穫に感謝する神嘗祭の日に貯蓄の日を置いた考え方とも、重ねて考えることができます。

貯蓄の日にやってみたい家計の振り返り
貯蓄の日は、何かをしなければならない日ではありません。ただ、年に一度「お金の流れを見直す日」と決めておくと、ふだん後回しにしがちな家計の確認にちょうどよいきっかけになります。10月は1年の4分の3が過ぎ、年末に向けた出費の見通しも立てやすい時期です。
ここでは、特定の金融商品を選ぶ話ではなく、どの家庭でもできる振り返りの習慣を3つ紹介します。お金をどこに預けるか、どう運用するかといった判断は家庭の事情によって大きく変わるため、必要に応じて金融機関の窓口や公的な相談窓口で確認してください。
(1) 1年分の通帳・家計簿アプリを見返す
まずは、1月から9月までの通帳や家計簿アプリの記録を見返してみましょう。細かく分析しなくても、「毎月必ず出ていくお金」と「月によって大きく変わるお金」を分けて眺めるだけで、お金の流れがつかみやすくなります。
見落としやすいのが、使っていない定額サービスの引き落としや、年に1回だけ払う会費・保険料などです。10月に確認しておけば、年末までに解約や見直しの手続きを済ませる時間も取れます。11月から12月にかけては帰省やお歳暮、年末年始の準備で出費が重なりやすいので、その分の見積もりもこのとき立てておくと安心です。
(2) 目的別に分けて、先に取り分ける
お金をためるときによく紹介される考え方に、「目的別に分ける」と「先に取り分ける」があります。目的別とは、旅行・家電の買い替え・子どもの行事など、使い道ごとに口座や封筒を分けておく方法です。何のためにいくら必要かが見えると、ためる意識を保ちやすくなります。
先に取り分けるとは、収入が入った時点で、ためる分を先に別の場所へ移しておく方法です。残ったお金でやりくりすることになるため、使いすぎを防ぎやすくなります。取り分ける金額や割合に決まった正解はないので、無理なく続けられる額から始めて、家計の状況に合わせて調整していきましょう。
(3) 子どもとお金の話をするきっかけに
貯蓄の日は、子どもとお金について話すきっかけにもなります。たとえば、お小遣い帳をつけ始める、貯金箱に目標の金額を書いた紙を貼る、ほしい物のために何か月ためればよいかを一緒に計算する、といった小さな取り組みから始められます。
神嘗祭の由来とあわせて、「お米ができるまでには1年かかること」「働いて得たものを大切にすること」を話すのもよいでしょう。食べ物とお金の両方について、すぐに使い切らずに先のことを考えるという感覚は、年齢の小さいうちから身近な体験を通して伝えられます。

貯蓄の日のよくある質問
- 貯蓄の日はいつですか?
-
毎年10月17日です。日付で決まっている記念日なので、年によって日が動くことはありません。2026年は土曜日、2027年は日曜日にあたります。
- 貯蓄の日は祝日ですか?
-
いいえ。国民の祝日ではないため、休みにはなりません。由来になった神嘗祭は戦前は祝祭日でしたが、1948年に現在の祝日法ができたことで休日からは外れています。
- 貯蓄の日は誰が決めたのですか?
-
1952年に発足した貯蓄増強中央委員会です。この委員会は貯蓄広報中央委員会、金融広報中央委員会と名前を変え、2024年に事業を金融経済教育推進機構(J-FLEC)へ移して解散しました。
- 神嘗祭と新嘗祭はどう違いますか?
-
神嘗祭(10月17日)は、その年の新穀を伊勢神宮の天照大御神に供える祭りです。新嘗祭(11月23日)は、天皇が新穀を神々に供え、自らも食する宮中の祭りで、現在の勤労感謝の日のもとになっています。
- 世界貯蓄デーとは別の日ですか?
-
別の日です。世界貯蓄デーは10月31日で、1924年にミラノで開かれた第1回国際貯蓄銀行会議の最終日に定められました。日本の貯蓄の日は、1952年に神嘗祭の日にちなんで独自に定められています。
まとめ
貯蓄の日は毎年10月17日で、2026年は土曜日です。1952年に貯蓄増強中央委員会が、新穀を伊勢神宮に供える神嘗祭の日にちなんで定めました。実りに感謝し大切に蓄える心を、働いて得たお金を大切にする考え方に重ねた記念日です。
制定した委員会は1988年と2001年に名前を変え、2024年には金融経済教育推進機構へ事業を引き継いで解散しました。「貯蓄を増やす」運動から「お金の知識を身につける」教育へと、役割が移り変わってきたことになります。
貯蓄の日は、1年のお金の流れを振り返るきっかけの日です。通帳やアプリを見返して年末の出費に備えたり、子どもとお金の話をしたりと、できることから取り入れてみてください。
翌日の10月18日はミニスカートの日です。1967年に英国のモデル・ツイッギーが来日し、日本にミニスカートのブームが広がったことにちなむ記念日です。

10月には、十三夜やハロウィンなど季節の行事も続きます。10月の行事をまとめて知りたい方は、こちらもあわせてご覧ください。

