「2026年の干支って何だっけ?」年賀状の準備や手帳への書き込みで、ふと手が止まることがありますよね。しかも2026年は、ただの午年ではなく60年に一度しか巡ってこない「丙午(ひのえうま)」にあたる年です。
この記事では、2026年の干支である午(うま)の意味、丙午という組み合わせの由来、昔ささやかれてきた迷信の歴史、午年生まれの年齢早見表までをまとめて確認できるようにしました。
結論から言えば、2026年(令和8年)の干支は午年で、六十干支では丙午です。丙午にまつわる言い伝えは根拠のない俗説ですので、いまは暦の話題として気軽に楽しむのが一般的になっています。
2026年の干支は「午(うま)」
2026年(令和8年)の干支は午(うま)です。年賀状や暦を準備するとき、まず気になるのが「今年の干支は何?」という疑問ですよね。

2026年は午年(うまどし)。十二支では7番目にあたる動物です。
読み方は「うまどし」が一般的で、暦の解説などでは「ごどし」と読まれることもあります。表記としては午の字を使い、動物の絵として描くときは「馬」を使うのが通例です。
十二支は年だけでなく、月・日・時刻・方位にも割り当てられてきました。2026年が午年というのは、そのうち「年」に午が巡ってきた、という意味になります。
十二支の7番目「午」の意味
十二支は「子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥」の12種類で構成されています。午はちょうど真ん中あたりに位置し、時刻でいえば正午(しょうご)にあたります。
「午」という漢字にはもともと「つきあたる」「さからう」という意味があり、物事が頂点に達して折り返す瞬間を表すとされています。正午の「午」がまさにこの意味で、一日の折り返し地点を指しているわけですね。
午は時刻を表す言葉としても使われてきました。昔の時刻の数え方では、午の刻は今の11時ごろから13時ごろまでを指し、その中間が正午です。正午より前を午前、あとを午後と呼ぶ言い方も、ここから生まれています。
方位では、午は真南を表します。地図や地球儀に出てくる「子午線」は、北を表す子(ね)と南を表す午を結んだ線という意味です。午という字が身近な言葉に残っているのは、暦の名残なのですね。
干支と十二支の違いをわかりやすく
日常会話では「干支」と「十二支」を同じ意味で使うことがほとんどです。しかし本来、干支(えと)は「十干(じっかん)」と「十二支(じゅうにし)」を組み合わせた暦の仕組みを指します。
- 十干:甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸の10種類
- 十二支:子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥の12種類
この10と12を順番に組み合わせると、全部で60通りのパターンが生まれます。これを「六十干支(ろくじっかんし)」と呼び、60年で一巡するため「還暦」のお祝いが生まれました。
組み合わせが60通りになるのは、10と12の最小公倍数が60だからです。甲子(きのえね)から始まって癸亥(みずのとい)で一巡し、そこからまた甲子に戻ります。
干支が割り当てられるのは年だけではありません。日にも順番に干支が巡っており、2月に入って最初の午の日は「初午(はつうま)」と呼ばれ、稲荷神社をお参りする習わしがあります。




2026年の干支「丙午(ひのえうま)」とは
2026年を六十干支で表すと「丙午(ひのえうま)」になります。十二支だけなら「午年」ですが、十干を加えるとより詳しい年の性質がわかります。
読み方は「ひのえうま」が一般的で、音読みで「へいご」と読まれることもあります。ニュースや暦の解説で「2026年は丙午」と出てきたら、十干の丙と十二支の午を組み合わせた呼び名だと考えてください。
同じ午年でも、12年ごとに組み合わさる十干は変わります。ですから「午年」は12年に一度巡ってきますが、「丙午」は60年に一度しか訪れません。
十干「丙(ひのえ)」の意味
十干の「丙」は五行思想で「火の兄(ひのえ)」にあたります。火のエネルギーのうち、陽の性質を持つ力強い火を意味しています。
一方、十二支の「午」も五行では「火」に分類されます。つまり丙午は火と火が重なる組み合わせで、六十干支の中でも特にエネルギーが強い年とされてきました。
十干は木・火・土・金・水の五行を、それぞれ兄(え)と弟(と)に分けたものです。甲は木の兄で「きのえ」、乙は木の弟で「きのと」と読み、同じ形で丙は火の兄なので「ひのえ」となります。
干支を「えと」と読むのは、この兄(え)と弟(と)に由来します。十二支の動物だけが干支だと思われがちですが、呼び名そのものは十干から来ているわけですね。
丙午は60年に一度の組み合わせ
六十干支は60年周期で巡るため、丙午も60年に一度しか訪れません。直近の丙午は以下のとおりです。
| 西暦 | 和暦 | 干支 |
|---|---|---|
| 1906年 | 明治39年 | 丙午 |
| 1966年 | 昭和41年 | 丙午 |
| 2026年 | 令和8年 | 丙午 |
| 2086年 | ― | 丙午 |
次に丙午が巡ってくるのは2086年ですから、2026年は私たちの人生で経験する数少ない丙午の年といえるでしょう。
さらにさかのぼると、1846年(弘化3年)も丙午でした。江戸時代から数えても、丙午を2度経験する人はごくわずかということになります。
ちなみに、次の丙午である2086年に還暦を迎えるのは、2026年に生まれた子どもたちです。丙午に生まれて丙午で還暦、という巡り合わせになります。
丙午の年はいつからいつまで?
「2026年は丙午」というときの区切りは元日です。1月1日から12月31日までが丙午の年で、カレンダーどおりに考えて差し支えありません。
ただし、四柱推命や九星気学など一部の占いでは、立春(2月4日ごろ)を年の変わり目として扱います。この数え方では、1月生まれや2月初旬生まれの人の年の干支が一つ前の年のものになります。
どちらが正しいというより、暦の使い道によって区切りが違うという話です。年賀状や日常の話題では元日区切り、占いの鑑定では立春区切りと覚えておくと、食い違いに戸惑わずに済みます。
丙午にまつわる迷信と歴史
丙午といえば「迷信」を連想する方も多いのではないでしょうか。ここでは、その迷信がどのように生まれ、社会にどんな影響を与えたのかを振り返ります。
先に立場をはっきりさせておくと、生まれ年によって性格や運命が決まるという考え方に根拠はありません。ここで紹介するのは、かつてそう信じられていたという歴史の記録です。
それでも経緯を知っておく意味はあります。1966年には統計に表れるほどの影響が出ており、日本の人口の形にいまも痕跡が残っているからです。
「丙午生まれの女性は気性が激しい」の由来
この迷信の起源は、江戸時代の「八百屋お七」の物語にあるとされています。お七は恋人に会いたい一心で放火をしたとされる女性で、丙午の年に生まれたと伝えられました。
この話がいつしか「丙午生まれの女性は気が強い」「夫を食い殺す」といった俗説に変わり、江戸時代から明治・大正にかけて広まっていきました。
お七の物語は井原西鶴の『好色五人女』で取り上げられ、その後も浄瑠璃や歌舞伎で繰り返し脚色されました。舞台や読み物として広まる過程で、事実とは異なる設定が足されていったとみられています。
つまり丙午の俗説は、一人の女性を描いた創作が誇張され、生まれ年全体のイメージにすり替わったものです。特定の生まれ年の人を評価する根拠にならないことは、成り立ちをたどれば見えてきますね。
1966年(昭和41年)に出生率が激減した背景
丙午の迷信が社会に大きな影響を与えたのが、前回の丙午にあたる1966年です。この年の合計特殊出生率は1.58まで低下し、前年の2.14から大幅に落ち込みました。
「丙午生まれの女の子は縁起が悪い」という迷信を気にして、出産を控えた夫婦が多かったためです。翌1967年には出生率が回復しており、迷信の影響であったことが統計からも読み取れます。
出生数で見ると、1966年は約136万人でした。前年1965年の約182万人、翌1967年の約193万人と比べると、前後の年から4分の1近く減った計算になります。
同じ丙午でも、1906年(明治39年)の落ち込みは1966年ほど大きくありませんでした。当時の統計では丙午の年の後半に男児、翌年の初めに女児の割合が高くなる偏りが確認されており、出生の届け出時期をずらした家庭があったとみられています。
2026年の丙午では、こうした迷信を気にする人はかなり少なくなっています。迷信の歴史を知ったうえで、ポジティブに午年を楽しむのがおすすめです。


午年生まれの年齢早見表【2026年版】
2026年時点で午年生まれの方が何歳になるか、一覧表にまとめました。
表の年齢は、2026年の誕生日を迎えたあとの満年齢です。誕生日前の時点では、表の数字から1を引いた年齢になります。
| 生まれ年 | 和暦 | 2026年の年齢 | 干支 |
|---|---|---|---|
| 1930年 | 昭和5年 | 96歳 | 庚午 |
| 1942年 | 昭和17年 | 84歳 | 壬午 |
| 1954年 | 昭和29年 | 72歳 | 甲午 |
| 1966年 | 昭和41年 | 60歳(還暦) | 丙午 |
| 1978年 | 昭和53年 | 48歳 | 戊午 |
| 1990年 | 平成2年 | 36歳 | 庚午 |
| 2002年 | 平成14年 | 24歳 | 壬午 |
| 2014年 | 平成26年 | 12歳 | 甲午 |
| 2026年 | 令和8年 | 0歳 | 丙午 |
右端の干支の欄を見ると、同じ午年でも十干が12年ごとに移り変わっているのがわかります。丙午にあたるのは1966年と2026年だけで、ここが60年周期の折り返しです。
表に載っていない年でも、西暦から2026を引いて12で割り切れれば午年です。2038年、2050年と12年ごとに巡ってくるので、確認したい年があるときに使ってみてください。
還暦を迎える1966年生まれの方は、満60歳・数え年では61歳になります。満年齢と数え年の違いや、和暦と西暦の対応を細かく確認したいときは、次の早見表もあわせてどうぞ。




午年生まれの性格・特徴
干支占いで語られる午年生まれの性格をご紹介します。あくまで伝統的に言い伝えられている特徴ですので、楽しみながら読んでみてください。
干支ごとの性格分けは、年始の話題や自己紹介のきっかけとして長く親しまれてきたものです。当たっているかどうかを確かめるより、話の入り口として眺めるのが向いています。
生まれ年で人の性格が決まるわけではありませんので、以下は昔から語られてきたイメージとして読み進めてくださいね。
午年生まれの一般的な性格
午年生まれの特徴
- 行動力があり、思い立ったらすぐ動く
- 社交的で人付き合いが上手
- 明るく前向きな性格
- 自由を愛し、束縛を嫌う
- 飽きっぽい一面もある
馬が大地を力強く駆けるイメージのとおり、午年生まれの方はエネルギッシュで行動的とされています。目標に向かってまっすぐ進む姿勢が魅力です。
馬は農耕や荷物の運搬、移動の手段として人の暮らしを支えてきた動物です。午年に働き者で前向きなイメージが重ねられているのは、この身近な印象が背景にあります。
一方、飽きっぽさは「次の目標へ切り替えるのが早い」と言い換えることもできます。短所として挙げられる面も、場面によっては長所になりますね。
午年と相性の良い干支
干支占いでは、午年と相性が良いとされる干支がいくつかあります。
| 相性 | 干支 | 関係性 |
|---|---|---|
| 良い | 寅年(とら) | 互いに行動的で高め合える |
| 良い | 戌年(いぬ) | 信頼関係を築きやすい |
| 良い | 未年(ひつじ) | 穏やかに支え合える |
| 注意 | 子年(ねずみ) | 考え方が正反対になりやすい |
ただし、相性はあくまで占いの一つの見方です。実際の人間関係はコミュニケーション次第で良くも悪くもなりますので、参考程度に楽しんでくださいね。
この組み合わせの背景には、寅・午・戌のように十二支を三つ組で見る「三合(さんごう)」や、午と未のように隣り合う二つを結ぶ「支合(しごう)」という考え方があります。
午と子が「注意」とされるのは、十二支を円に並べたときにちょうど向かい合う位置にあり、対照的な性質として扱われてきたためです。
午年(丙午)の2026年を楽しむヒント
せっかく60年に一度の丙午にあたる年ですから、暦の話題として楽しんでみるのはいかがでしょうか。ここでは年賀状での干支の書き方と、馬にちなんだ縁起物を紹介します。
干支は年末年始の準備や季節のあいさつで、たびたび顔を出す身近な題材です。意味を知っておくと、ひとことを添えるときに迷いにくくなります。
ちなみに、午年の2026年が終わると、次の2027年は未(ひつじ)年です。年末が近づくと来年の干支も気になりますので、あわせて確認しておくと準備がスムーズです。


年賀状では「午年」と「丙午」どちらを使う?
年賀状で干支に触れるなら、「午年」と書けば十分に伝わります。「丙午」まで書くとやや硬い印象になりますが、60年に一度という話題を添えたいときには使いやすい言葉です。
イラストは馬の絵で問題ありません。十二支の表記としては午の字を使いますが、絵柄として描かれてきたのは昔から馬ですので、写真やスタンプも馬のモチーフで選んで大丈夫です。
あいさつ文には「駆け抜ける一年になりますように」のように、馬にちなんだ言い回しを添えると干支らしさが出ます。目上の方へ送る場合は、干支の話題は一文にとどめて本題を簡潔にまとめると読みやすくなります。
馬にちなんだ縁起物と言葉
神社で見かける絵馬は、もともと生きた馬を神様に奉納していた習わしが簡略になったものです。馬は神様の乗り物と考えられていたため、板に馬の絵を描いて代わりに納めるようになりました。
将棋の駒に「馬」の字を左右反転させて彫った「左馬(ひだりうま)」も、午年に飾られる縁起物です。「うま」を逆から読むと「まう(舞う)」になり、めでたい席の舞に通じる縁起物として親しまれてきました。
左馬は、将棋駒の産地として知られる山形県天童市の工芸品としても有名です。開店祝いや新築祝いの品として選ばれてきました。
馬を九頭描いた図柄は「馬九行久(うまくいく)」と読ませる語呂合わせで、扇子や置物の絵柄として親しまれています。午年らしい贈り物を探すときの目印にしてみてください。
午年・丙午のよくある質問
- 「午年」と「丙午」は使い分けが必要ですか?
-
会話や年賀状では「午年」で問題ありません。「丙午」は暦の話題や還暦の話をするときに出番があり、60年に一度という特別さを伝えたい場面で使うと伝わりやすくなります。どちらも2026年を指す言葉ですので、言い換えても意味は変わりません。
- 1月生まれや2月初旬生まれの人の干支は、前の年になりますか?
-
履歴書や日常の会話で答えるときは、生まれた年の干支をそのまま伝えれば大丈夫です。占いの鑑定で「立春より前の生まれ」と確認されたときだけ、前の年の干支で見る流派がある、と考えておけば混乱しません。迷ったら、どちらの数え方で聞かれているかを先に確かめると早いです。
- 丙午生まれだと、いまでも何か不利になることはありますか?
-
生まれ年を理由にした評価には根拠がなく、就職や結婚の場でそれを持ち出すことは適切ではありません。2026年は前回の丙午から60年が経ち、話題として振り返られることはあっても、実生活で気にする場面はほとんどなくなっています。話が出たときは、暦の由来として説明するくらいがちょうどよいでしょう。
- 1966年生まれの還暦祝いは2026年でよいですか?
-
満60歳を迎える2026年に行うのが一般的です。数え年で61歳の年にあたるため、前年に済ませる家庭もあり、地域や家によって時期が分かれます。親族で相談し、集まりやすい時期に合わせるのが実際的です。
- 次に午年が来るのはいつですか?
-
午年は12年ごとですので、次は2038年です。ただし十干が変わるため、2038年の六十干支は戊午(つちのえうま)になります。丙午がもう一度巡ってくるのは2086年で、干支の話題で「60年に一度」と言われるのはこのためです。
まとめ
2026年の干支は午年(うまどし)で、六十干支では60年に一度の丙午(ひのえうま)にあたります。丙午には江戸時代から続く迷信がありますが、現代ではほとんど気にされなくなっています。行動力と情熱の象徴とされる午年を、前向きに楽しんでみてはいかがでしょうか。
この記事の要点を振り返っておきます。
- 2026年(令和8年)の干支は午年、六十干支では丙午
- 丙午は60年に一度で、前回は1966年・次回は2086年
- 丙午の言い伝えは創作から広まった俗説で根拠はない
- 1966年生まれの方は2026年に満60歳の還暦を迎える
まずは手帳やカレンダーに「午年(丙午)」と書き添えて、年賀状の準備を始めるところからどうぞ。旧暦や和風月名など、暦の由来をもう少し知りたい方は次の記事も参考にしてみてください。






















