噴水の日は8月21日|由来は上野公園に生まれた日本初の西洋式噴水

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暑い日に公園を歩いていて、噴水の前で足を止めたことはありませんか。水しぶきの音を聞くだけで、体感の温度が少し下がるように感じられます。その噴水に記念日があると知ると、少し意外に思われるかもしれません。

この記事では、噴水の日が8月21日になった理由と、由来となった第1回内国勧業博覧会のこと、じつは明治よりずっと前からあった日本の噴水の歴史、由来の舞台となった上野公園の噴水の今、そして当日の楽しみ方までを順に整理します。同じ8月21日にあるほかの記念日もあわせて紹介します。

先に結論をお伝えすると、8月21日は1877年(明治10年)に東京・上野公園で第1回内国勧業博覧会が開幕し、その会場に日本初の西洋式噴水がつくられたことにちなむ日です。語呂合わせではなく、実際の出来事が日付になっているタイプの記念日になります。

目次

噴水の日は8月21日|由来は1877年の第1回内国勧業博覧会

噴水の日は毎年8月21日です。お彼岸や土用の丑の日のように暦の計算で前後することはなく、いつでも8月21日に固定されています。2026年の8月21日は金曜日、2027年は土曜日にあたります。

上野公園の人工池に日本初の西洋式噴水がつくられた

1877年8月21日、東京・上野公園を会場として第1回内国勧業博覧会が開幕しました。この会場に造成された人工池に設けられたのが、日本で初めての西洋式の噴水だとされています。水を高く噴き上げる仕掛けそのものが、当時の来場者にとっては見たことのない光景でした。

明治10年といえば、鉄道が新橋と横浜のあいだを走り始めてまだ5年ほどの時期です。ガス灯や洋館と同じように、噴水も「西洋から来た新しいもの」の象徴として人々の前に現れました。涼をとるための設備というより、文明開化を目に見えるかたちで示す展示物に近い存在だったといえます。

「西洋式」という言葉がわざわざ付いているのは、日本にはそれ以前から別の系統の噴水があったためです。この点はのちほど詳しく取り上げます。

噴水の落成は9月8日|それでも8月21日が記念日になった理由

少しややこしいのですが、この噴水そのものが完成したのは博覧会の開幕日ではありません。落成は会期に入ってからの9月8日だったと伝えられています。つまり開幕の日には、まだ水は上がっていなかったことになります。

それでも記念日として選ばれたのは、8月21日のほうです。噴水が完成した日ではなく、その噴水を生んだ博覧会が始まった日を区切りとして採ったかたちになります。記念日は必ずしも「実物ができた日」に置かれるとは限らない、という例のひとつです。

由来を紹介する文章のなかには、この落成日に触れずに「8月21日に日本初の噴水がつくられた」とだけ書かれているものもあります。どちらが誤りというより、開幕日と落成日という二つの日付が同じ出来事のなかに含まれている、と理解しておくとすっきりします。

制定した団体ははっきりしていない

食べものの記念日の多くは、業界団体が制定して一般社団法人日本記念日協会に登録するという流れで生まれます。一方で噴水の日は、誰がいつ提唱したのかがはっきり伝わっていません。出来事にちなんで自然に広まった、暦のうえの記念日と考えられます。

そのため、公式なイベントが全国一斉に開かれるような日ではありません。とはいえ、各地の公園や施設が「今日は噴水の日です」と発信することはあり、地域のニュースで取り上げられることもあります。

項目内容
日付毎年8月21日(固定)
由来1877年のこの日、第1回内国勧業博覧会が開幕し、会場に日本初の西洋式噴水がつくられたこと
場所東京・上野公園(現在の上野恩賜公園)
噴水の落成1877年9月8日(開幕後)
制定者はっきり伝わっていない
2026年の曜日金曜日

第1回内国勧業博覧会とはどんな催しだったのか

噴水の日を理解するうえで欠かせないのが、由来となった博覧会そのものです。内国勧業博覧会は、国内の産業を育てることを目的に政府が開いた大規模な催しでした。「勧業」とは、産業をすすめ育てるという意味の言葉です。

お手本は1873年のウィーン万国博覧会

明治政府は1873年のウィーン万国博覧会に公式に参加し、そこで各国が技術と産物を競う仕組みを目の当たりにしました。その経験を国内向けに置き換えたのが内国勧業博覧会です。海外に出かけなくても、日本各地の産物と技術を一か所で見比べられる場をつくろうという発想でした。

出品の分野は幅広く、鉱業や冶金、製造物、美術、機械、農業、園芸などが並びました。眺めて楽しむ催しであると同時に、産地どうしが互いの技を知り、優れたものに賞を与えて広めていく実務的な仕掛けでもあったわけです。

出品者1万6千人・出品点数8万点という規模

会期は1877年8月21日から11月30日まで。出品者は1万6172名、出品点数は8万4353点、授賞は5096点にのぼったと記録されています。100日あまりのあいだに、これだけの品が全国から上野に集まったことになります。

この年は西南戦争のさなかでもありました。国内が落ち着かない時期に、それでも産業振興の催しが開かれた点に、当時の政府が「殖産興業」に置いていた比重の大きさがうかがえます。噴水はその会場の中心近くで、水を噴き上げていました。

会場はいまの上野公園のどのあたりか

会場となったのは、現在の上野恩賜公園の中央部にあたる一帯です。いま「竹の台広場」「噴水広場」と呼ばれている、東京国立博物館の正面から南へ延びる開けた場所を思い浮かべると近くなります。

つまり、この広場に今も噴水があるのは偶然ではありません。150年近く前の博覧会の記憶が、場所のかたちとして残っているということになります。上野を訪れる機会があれば、足元の広場がかつて何であったかを思い出してみてください。

夏の公園で水を高く噴き上げる噴水と木立を、落ち着いた色調で上品に捉えた写真風イメージ

日本の噴水の歴史は明治より前にさかのぼる

噴水の日の由来は「日本初の西洋式噴水」ですが、日本に噴水そのものが登場したのは明治が最初ではありません。西洋式という限定が付いているのは、それ以前の系統がきちんと存在するからです。

飛鳥時代の「須弥山石」は水を噴き上げる石造物だった

奈良県明日香村の石神遺跡からは、須弥山石(しゅみせんせき)と呼ばれる石造物が出土しています。三つの石を積み上げたかたちで、内部が空洞になっており、水を噴き上げる仕組みを備えていました。1900年代初めに掘り出され、現在は奈良文化財研究所飛鳥資料館で見ることができます。

『日本書紀』には、斉明天皇の時代に須弥山を象ったものをつくり、迎えた客をもてなしたという趣旨の記述があります。出土品と文献の記述が結びつく数少ない例とされ、7世紀の日本にすでに水を噴き上げる装置があったことを示しています。

現存最古とされる兼六園の噴水(1861年ごろ)

金沢の兼六園にも噴水があります。文久元年(1861年)ごろにつくられたとされ、飛鳥時代のものを別にすれば現存する日本最古の噴水と紹介されることの多い一基です。加賀藩13代藩主の前田斉泰が、金沢城内に噴水を設ける構想の試作としてつくらせたと伝えられています。

興味深いのはその仕組みです。ポンプやモーターは一切使わず、園内の高い位置にある霞ヶ池を水源として、水面との高低差から生じる圧力だけで水を噴き上げています。高さは通常3.5メートルほどで、池の水位によって変わります。江戸時代の技術で、動力なしにこれだけの高さを実現していたことになります。

「日本初」がいくつもあるように見える理由

飛鳥時代にも噴水があり、江戸時代の噴水が現存し、それでも明治の上野が「日本初」と呼ばれる。矛盾しているようですが、この三つの表現はそれぞれ別のことを指しています。区切りを整理すると次のとおりです。

「最古」「最初」の使い分け
  • 飛鳥時代の須弥山石=文献と出土品で確認できる、もっとも古い噴水の装置
  • 兼六園の噴水=いまも水が上がっている、現存最古とされる噴水
  • 上野公園の噴水=西洋の様式にならってつくられた、日本で最初の噴水

由来を説明する文章で「日本初」という言葉に出会ったら、何についての初なのかを確かめると混乱せずにすみます。噴水の日の場合は、三つ目の「西洋式として初めて」を指しています。

上野公園の噴水は今どうなっている?

由来の舞台となった上野公園には、いまも噴水があります。ただし明治の噴水がそのまま残っているわけではなく、現在のものは2010年代に整備されたまったく新しい設備です。

2012年に生まれ変わった竹の台広場

上野恩賜公園の中央にある竹の台広場は、2012年5月に整備を終えて再び開かれました。噴水も同時に一新され、水面が鏡のように静まる状態と、細い水柱が立ち上がる状態を切り替えて見せる演出が組み込まれています。夜には水中の照明が灯り、昼とは違う表情になります。

広場全体はイベント会場としても使われるため、催しの期間中は噴水の周囲が囲われていることもあります。噴水そのものを目当てに出かける場合は、事前に公園の案内を確認しておくと確実です。

水深は約10センチ|水と近い距離で楽しめる広場に

整備にあたって噴水の面積は以前よりも小さくなり、水深も浅く設計されました。10センチほどという浅さは、深い池を眺めるかたちから、水のそばまで近づいて過ごすかたちへの転換を意味しています。夏場に子ども連れの家族が集まりやすいのは、この設計の効果です。

噴水の稼働時間や水遊びの可否は、季節や公園の管理状況によって変わります。出かける前に上野恩賜公園の公式案内で最新の情報を確認してください。

訪れるときに知っておきたいこと

8月下旬の上野はまだ暑さが残る時期です。噴水の周りは日陰が少ないため、帽子と飲みものは用意しておいたほうが安心できます。木陰のベンチは午後になると埋まりやすいので、午前中の早い時間帯のほうがゆっくり過ごせます。

広場の北側には東京国立博物館、周囲には美術館や動物園が並びます。噴水だけを目的にするより、館内で涼をとりながら合間に広場へ出る組み立てにすると、暑さの負担がぐっと軽くなります。

水辺で過ごす夏の日という点では、同じ8月の記念日にも通じるものがあります。

噴水の日の楽しみ方|身近な水辺でできる3つのこと

上野まで出かけなくても、この記念日は楽しめます。特別な準備はいらず、いつもの公園の噴水を少し違う目で見るだけで十分です。

1. 近所の噴水を見に行ってみる

駅前の広場、市民公園、大きな商業施設の中庭。意識して探すと、噴水は思いのほか身近にあります。ふだんは通り過ぎている場所でも、記念日という理由があると足を止めやすくなります。

夏の噴水は、周囲の気温を下げる働きも期待されています。水が細かい粒になって蒸発するとき、まわりの熱を奪っていくためです。木陰と組み合わせて休憩場所が設けられている公園が多いのも、この性質を活かした設計といえます。

2. どうやって水が上がっているのかを考えてみる

兼六園の例で触れたとおり、噴水には動力を使うものと使わないものがあります。目の前の噴水がどちらなのかを推測してみると、見慣れた風景が観察の対象に変わります。

STEP
水の高さが一定かどうかを見る

高さがぴたりと安定していて、時間ごとに形が切り替わるならポンプ式です。時間帯によって高さがゆるやかに変わる場合は、水源との高低差を使っている可能性があります。

STEP
まわりの地形を見渡す

噴水より高い位置に池や水路があれば、その水を引いている構造かもしれません。平らな土地の真ん中にある噴水は、機械で水を押し上げていると考えるのが自然です。

STEP
案内板を探して答え合わせをする

歴史のある公園では、噴水の由来や仕組みを記した案内板が置かれていることがあります。自分の推測と読み比べると、その場所の成り立ちまで知ることができます。

3.「8月21日は何の日?」の話題として使う

噴水の日は、由来が明治の博覧会にさかのぼるぶん、話題として広げやすい記念日です。上野公園が博覧会の会場だったこと、そこに置かれた噴水が文明開化の象徴だったこと。ひとつ知っているだけで、夏の会話の糸口になります。

お子さんと過ごすなら、水が高く上がる理由を一緒に考えてみるのもよい時間になります。答えを出すことより、「なぜだろう」と立ち止まること自体が、この日にふさわしい過ごし方です。

噴水の日は、涼を求めて出かける日であると同時に、明治の日本が「新しさ」をどう受け止めたかを思い出す日でもあります。

噴水のほかにも、8月の暮らしを彩る風景はたくさんあります。

夕暮れの水盤に映る空と、細く立ち上がる水柱を静かに捉えた写真風イメージ

8月21日はほかにもある記念日

8月21日には、噴水の日以外にもいくつかの記念日が重なっています。いずれも、その日に起きた出来事にちなんで設けられた日です。

献血の日(1964年の閣議決定)

1964年のこの日、輸血に使う血液を売血ではなく献血で確保する方針が閣議で決定されました。血液を買い取る制度から、無償の提供にもとづく制度へと切り替わる転換点にあたる日付です。医療を支える仕組みが大きく変わった日として記憶されています。

パーフェクトの日(1970年・中山律子さん)

1970年のこの日、プロボウラーの中山律子さんが女子として初めてパーフェクトゲームを達成しました。その様子がテレビで放映されたことが、当時のボウリング人気をさらに押し上げたと伝えられています。

女子大生の日(1913年・東北帝国大学)

1913年のこの日、東北帝国大学が女性の入学を認め、日本で初めての女子大学生が誕生したことにちなむ記念日です。噴水の日と同じく、明治から大正にかけて日本が新しい仕組みを取り入れていった時期の出来事にあたります。

ちなみに8月21日には、うさぎにちなんだ記念日も設けられています。同じ日付に、由来のまったく異なる記念日が並んでいるのが8月の面白いところです。

数日前の8月18日にも、由来のはっきりした記念日があります。こちらは漢字のかたちが日付になった、少し変わったタイプの記念日です。

噴水の日についてよくある質問

噴水の日は毎年8月21日ですか?

はい、毎年8月21日で固定です。1877年8月21日に第1回内国勧業博覧会が開幕したという出来事が由来なので、年によって日付が動くことはありません。2026年は金曜日にあたります。

日本初の噴水はどこにあったのですか?

東京・上野公園です。第1回内国勧業博覧会の会場に造成された人工池に、日本で初めての西洋式噴水がつくられました。現在の上野恩賜公園の中央、竹の台広場にあたる一帯です。

噴水が完成したのは9月8日と聞きました。矛盾していませんか?

矛盾していません。8月21日は博覧会が開幕した日で、噴水そのものの落成は会期中の9月8日と伝えられています。記念日は噴水の完成日ではなく、その噴水を生んだ博覧会の開幕日に置かれています。

日本最古の噴水はどれですか?

言い方によって答えが変わります。文献と出土品で確認できる最古の装置は飛鳥時代の須弥山石、いまも水が上がっている現存最古の噴水は兼六園(1861年ごろ)とされ、上野の噴水は「西洋式として日本初」にあたります。

兼六園の噴水はどうやって水を上げているのですか?

ポンプやモーターは使っていません。園内の高い位置にある霞ヶ池を水源とし、水面との高低差から生じる圧力だけで噴き上げています。高さは通常3.5メートルほどで、池の水位によって変わります。

8月21日はほかに何の日ですか?

1964年の閣議決定にちなむ「献血の日」、1970年に女子初のパーフェクトゲームが達成された「パーフェクトの日」、1913年に日本初の女子大学生が誕生した「女子大生の日」などがあります。

まとめ

噴水の日は毎年8月21日。1877年のこの日に東京・上野公園で第1回内国勧業博覧会が開幕し、その会場に日本初の西洋式噴水がつくられたことにちなむ記念日です。噴水そのものの落成は9月8日でしたが、記念日は博覧会の開幕日に置かれています。

日本の噴水の歴史はもっと古く、飛鳥時代の須弥山石まで、そして現存するものとしては1861年ごろの兼六園までさかのぼれます。「日本初」という言葉が何を指しているのかを確かめると、それぞれの記録がきれいに並びます。

8月の行事や記念日をまとめて確認したい方は、こちらもあわせてご覧ください。

8月21日は、近所の噴水の前で少し立ち止まるだけで祝える記念日。水しぶきの向こうに明治の博覧会があると知っていると、いつもの風景が少しだけ違って見えてきます。

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