「昭和45年って西暦だと何年だっけ?」と、書類の記入中に手が止まった経験はないでしょうか。和暦は毎日のように目にするのに、いざ西暦へ直そうとすると意外と迷ってしまいます。
この記事では、明治から令和までの和暦・西暦の早見表に加えて、飛鳥時代から続く元号の歴史と、それぞれの元号に込められた意味をまとめました。結論から言えば、日本の元号は645年の「大化」から令和まで248を数え、明治以降は皇位の継承があったときだけ改元される仕組みです。早見表を見れば変換は一瞬ですし、元号ごとの足し算のルールを覚えておけば手元に表がなくても対応できます。
和暦とは?元号の基本をわかりやすく解説
和暦とは、日本独自の年の数え方で、元号と年数を組み合わせて表します。たとえば2026年は「令和8年」です。
西暦がキリスト誕生を基準にした世界共通の暦であるのに対し、和暦は天皇の即位や時代の節目に合わせて変わる日本固有の制度といえます。公的書類や届出ではいまも広く使われており、日常生活でも目にする機会が多い暦です。
和暦に出あう場面は、生活のあちこちにあります。役所へ出す届出書、年金や保険の通知、不動産の登記簿、戸籍の記載などは和暦表記が基本で、古い書類ほど明治・大正・昭和の年が並びます。一方、インターネットの申込フォームや海外向けの書類は西暦が中心です。両方を行き来する機会が多いからこそ、対応の目安を持っておくと安心です。
和暦と西暦の違い
和暦と西暦の最大の違いは「起点」にあります。西暦は紀元1年からの連続した通し番号ですが、和暦は元号が変わるたびにリセットされて1年(元年)から始まります。
そのため、和暦では同じ年でも元号の切り替わり前後で呼び方が変わります。たとえば2019年は1月〜4月が「平成31年」、5月以降が「令和元年」です。
| 項目 | 和暦 | 西暦 |
|---|---|---|
| 数え方の起点 | 元号ごとに元年から数え直す | 紀元1年からの通し番号 |
| 切り替わる条件 | 皇位の継承(明治以降) | 切り替わらない |
| 主な使いどころ | 官公庁の書類・登記・戸籍 | 海外とのやりとり・IT系の記録 |
| 表記の桁 | 元号名+1〜2桁 | 4桁 |
表のとおり、和暦は年を見ただけで「いつの時代のことか」が伝わる反面、年と年の間隔がつかみにくいという性質があります。昭和30年と平成30年がどれくらい離れているかは元号名だけでは見当がつきませんが、西暦に直せば一目で分かります。場面に応じて使い分けるのが現実的です。
元号はいつから始まった?
日本で最初の元号は「大化」で、西暦645年に制定されました。中国の元号制度にならって導入されたもので、大化の改新のタイミングにあたります。
以来、現在の「令和」に至るまで約1,400年間で248の元号が使われてきました。途中で元号が途切れた空白期間もありますが、日本は世界で最も長く元号制度を続けている国です。
ただし、大化のあとすぐに元号が定着したわけではありません。2番目の「白雉」が654年に終わったあとは元号の定められない時期が30年あまり続き、686年の「朱鳥」もわずか数か月で途切れています。
流れが安定したのは701年の「大宝」からで、以後は現在まで元号が途切れていません。切れ目なく続いている期間だけを数えても1,300年を超える計算になります。
元号はどうやって決まる?
現在の元号制度は1979年に制定された「元号法」に基づいています。この法律では「元号は政令で定める」「皇位の継承があった場合に限り改める」と規定されています。
候補となる名前は、国文学・漢文学・日本史・東洋史などの専門家に委嘱して考案されます。政府は絞り込んだ案を有識者の懇談会や衆参両院の議長・副議長に示して意見を聞き、全閣僚会議を経て閣議で政令として決定します。
あわせて、1979年の閣議報告「元号選定手続」では、候補が満たすべき留意点として次の6つが示されています。
- 国民の理想としてふさわしい、よい意味を持つこと
- 漢字2字であること
- 書きやすいこと
- 読みやすいこと
- これまでに元号やおくり名として使われていないこと
- 俗用されていないこと
「令和」もこの手順を踏み、2019年4月1日の閣議で決定・公表されました。改元日は5月1日だったため、発表から施行まで約1か月の準備期間が置かれています。

和暦一覧|明治〜令和の早見表(西暦・年数つき)
日常生活や書類作成で使う頻度が高い、明治以降の5つの元号を一覧表にまとめました。各元号の開始・終了年と期間がひと目でわかります。
表は5年ごとの区切りを中心に、それぞれの元号の最初の年(元年)と最後の年を必ず入れてあります。探している年が表に載っていない場合は、近い年を目印にして前後にずらせば見当がつきます。改元のあった1912年・1926年・1989年・2019年は、同じ西暦の年に2つの元号が並ぶ点にも注意してください。
明治(1868〜1912年)
| 和暦 | 西暦 |
|---|---|
| 明治元年 | 1868年 |
| 明治5年 | 1872年 |
| 明治10年 | 1877年 |
| 明治15年 | 1882年 |
| 明治20年 | 1887年 |
| 明治25年 | 1892年 |
| 明治30年 | 1897年 |
| 明治35年 | 1902年 |
| 明治40年 | 1907年 |
| 明治45年 | 1912年 |
明治は45年間続き、近代日本の出発点となった時代です。明治元年は旧暦9月8日(新暦1868年10月23日)に改元されましたが、1月1日に遡って適用されました。
明治は暦そのものが入れ替わった時代でもあります。明治5年12月2日の翌日が明治6年1月1日とされ、太陰太陽暦(旧暦)から現在の太陽暦へ移行しました。そのため明治5年の12月は2日で終わっており、3日以降の日付は存在しません。
大正(1912〜1926年)
| 和暦 | 西暦 |
|---|---|
| 大正元年 | 1912年 |
| 大正5年 | 1916年 |
| 大正10年 | 1921年 |
| 大正15年 | 1926年 |
大正は15年間と、近現代の元号のなかでは最も短い時代です。1912年7月30日に明治天皇が崩御され、同日に改元されました。
終わりも同じ形でした。大正15年12月25日に大正天皇が崩御され、その日のうちに昭和へ改元されています。結果として昭和元年は12月25日から31日までの7日間しかなく、1926年は大正15年と昭和元年が同居する年になりました。この年の書類を扱うときは、月日まで見て元号を判断してください。
昭和(1926〜1989年)
| 和暦 | 西暦 |
|---|---|
| 昭和元年 | 1926年 |
| 昭和5年 | 1930年 |
| 昭和10年 | 1935年 |
| 昭和15年 | 1940年 |
| 昭和20年 | 1945年 |
| 昭和25年 | 1950年 |
| 昭和30年 | 1955年 |
| 昭和35年 | 1960年 |
| 昭和40年 | 1965年 |
| 昭和45年 | 1970年 |
| 昭和50年 | 1975年 |
| 昭和55年 | 1980年 |
| 昭和60年 | 1985年 |
| 昭和64年 | 1989年 |
昭和は64年間で、日本の元号史上最も長い時代です。ただし昭和64年は1月1日〜7日のわずか7日間しかありませんでした。
年の数え方では「昭和64年」まで進みますが、元年と最終年がどちらも数日しかないため、実際に経過した期間は62年あまりになります。それでも群を抜いて長い元号であることに変わりはなく、登記簿や戸籍、卒業年の記録にはいまも昭和の年が数多く残っています。昭和だけを1年きざみで確認したい場合は、年齢や干支まで並べた早見表もまとめてあります。

平成(1989〜2019年)
| 和暦 | 西暦 |
|---|---|
| 平成元年 | 1989年 |
| 平成5年 | 1993年 |
| 平成10年 | 1998年 |
| 平成15年 | 2003年 |
| 平成20年 | 2008年 |
| 平成25年 | 2013年 |
| 平成30年 | 2018年 |
| 平成31年 | 2019年 |
平成は31年間続きました。2019年4月30日に上皇陛下が退位され、翌5月1日に令和へと改元されています。憲政史上初めて、天皇の生前退位による改元でした。
この改元は、2017年に成立した「天皇の退位等に関する皇室典範特例法」に基づくものです。崩御によらない改元だったため退位の日が前もって決まっており、行政システムの改修や書式の差し替えを事前に進められた点が、それまでの改元と大きく違いました。
令和(2019年〜)
| 和暦 | 西暦 |
|---|---|
| 令和元年 | 2019年 |
| 令和2年 | 2020年 |
| 令和3年 | 2021年 |
| 令和4年 | 2022年 |
| 令和5年 | 2023年 |
| 令和6年 | 2024年 |
| 令和7年 | 2025年 |
| 令和8年 | 2026年 |
令和は2019年5月1日に始まった現在の元号です。出典は日本最古の歌集「万葉集」で、元号として初めて日本の古典から採用されました。
書類の記入で迷ったときは、上の早見表で和暦と西暦をすぐに確認できます。ブックマークしておくと便利です。
元号の意味と出典|明治・大正・昭和・平成・令和
元号はただの記号ではなく、その時代に託した願いを漢字2字に込めた言葉です。明治から令和までの5つは、いずれも中国か日本の古典から言葉が選ばれています。
| 元号 | 出典 | もとになった一節 |
|---|---|---|
| 明治 | 易経 | 聖人南面而聴天下、嚮明而治 |
| 大正 | 易経 | 大亨以正、天之道也 |
| 昭和 | 書経 | 百姓昭明、協和万邦 |
| 平成 | 史記・書経 | 内平外成/地平天成 |
| 令和 | 万葉集 | 初春の令月にして、気淑く風和ぎ |
明治と大正は、どちらも中国の古典「易経」から採られています。明治のもとになった一節は、政(まつりごと)を執る者が明るい方角へ向かって世を治めるという意味合いで、近代国家として歩み出す時代の名にふさわしいものでした。大正の「大いに亨(とお)りて以て正しきは、天の道なり」は、物事が正しく大きく通じていく状態を表しています。
昭和の出典は「書経」の一節で、人々がそれぞれの力を発揮して国が栄え、世界の国々と和合するという願いが込められています。平成は「史記」の「内平かに外成る」と「書経」の「地平かに天成る」の2つから採られ、国の内も外も、天も地も平和が達成されるという意味になります。
令和は「万葉集」巻五、大宰府で開かれた梅花の宴の序文から採られました。「初春の令月にして、気淑く風和ぎ」は、初春のよき月に空気は澄み風は和らいでいる、という情景を描いた一節です。政府は発表時に、厳しい寒さのあとに咲く梅の花のように、一人ひとりが明日への希望とともにそれぞれの花を咲かせられる時代にしたい、という意味を説明しています。
明治より前の元号一覧(飛鳥〜江戸時代)
明治以前にも数多くの元号が使われてきました。ここでは時代区分ごとに、主な元号をまとめて紹介します。
その前提として押さえておきたいのが、改元の理由が今よりずっと多かったことです。天皇の代替わりによる改元のほか、めでたい兆しが現れたときの改元、地震や疫病などの災いが続いたときの改元、そして辛酉(しんゆう)・甲子(かっし)の年に区切りをつける改元がありました。ひとつの元号が長く続くとは限らないため、古い文書を読むときは対応表が欠かせません。
飛鳥〜平安時代の主な元号
| 元号 | 西暦 | 備考 |
|---|---|---|
| 大化 | 645〜650年 | 日本最初の元号 |
| 白雉 | 650〜654年 | 2番目の元号 |
| 大宝 | 701〜704年 | 大宝律令の制定 |
| 天平 | 729〜749年 | 天平文化の繁栄 |
| 延暦 | 782〜806年 | 平安京への遷都 |
| 寛平 | 889〜898年 | 遣唐使の廃止時期 |
| 延喜 | 901〜923年 | 延喜式の編纂 |
飛鳥時代から平安時代にかけて約100の元号が使われました。この時期は天災・疫病・瑞祥(めでたい兆し)などを理由に改元されることが多く、数年で変わるケースも珍しくありません。
初期には、めでたい出来事がそのまま元号の名前になった例が残っています。「白雉」は白いキジが献上されたこと、「大宝」は対馬から金が献上されたことが改元のきっかけです。平安時代に入ると、続く災いを断ち切るための改元が目立つようになります。
鎌倉〜江戸時代の主な元号
| 元号 | 西暦 | 備考 |
|---|---|---|
| 建久 | 1190〜1199年 | 鎌倉幕府の時代 |
| 元弘 | 1331〜1334年 | 鎌倉幕府の滅亡 |
| 応仁 | 1467〜1469年 | 応仁の乱 |
| 天正 | 1573〜1592年 | 織田信長・豊臣秀吉の時代 |
| 慶長 | 1596〜1615年 | 関ヶ原の戦い・江戸幕府開府 |
| 元禄 | 1688〜1704年 | 元禄文化の繁栄 |
| 享保 | 1716〜1736年 | 享保の改革 |
| 天保 | 1830〜1844年 | 天保の改革 |
| 慶応 | 1865〜1868年 | 江戸時代最後の元号 |
鎌倉時代から江戸時代末期までに約140の元号が存在します。南北朝時代(1336〜1392年)には北朝と南朝で別々の元号が使われていた時期もありました。
江戸時代も、大火や飢饉、地震のたびに改元が繰り返されました。元禄や享保のように20年前後続いた元号がある一方で、数年で改まった元号も少なくありません。そして慶応4年(1868年)9月、天皇一代につき元号を一つとする「一世一元の詔」が出され、現在まで続く仕組みへ切り替わりました。

和暦の西暦変換|かんたんな計算方法
和暦と西暦の変換は、元号ごとの「足し算のルール」を覚えておくと早見表がなくても対応できます。
変換が必要になるのは、たいてい古い記録を扱うときです。戸籍や不動産の登記簿は明治・大正・昭和の和暦で書かれていますし、履歴書の学歴欄を西暦でそろえたい場面もあります。元号ごとの数字さえ頭に入っていれば、表を探さずその場で計算できます。
ただし、この足し算が使えるのは明治以降の5つの元号だけです。それより前は元号の数が多く、期間もそろっていないため、一覧表で引くほうが確実です。
明治〜令和の変換早見ルール
和暦→西暦の変換式
- 明治○年 + 1867 = 西暦
- 大正○年 + 1911 = 西暦
- 昭和○年 + 1925 = 西暦
- 平成○年 + 1988 = 西暦
- 令和○年 + 2018 = 西暦
たとえば「令和8年」なら 8 + 2018 = 2026年、「昭和50年」なら 50 + 1925 = 1975年とすぐに計算できます。
逆に西暦から和暦に変換したいときは、西暦から上の数字を引けばOKです。2026年なら 2026 − 2018 = 令和8年となります。
この5つの数字は、いずれも「その元号が始まった年の前年」にあたります。明治元年は1868年なので1867、昭和元年は1926年なので1925、という具合です。仕組みで覚えておけば、数字をど忘れしても元年の西暦から1を引いて求め直せます。
令和の年だけをまとめて確認したいときは、こちらの記事が便利です。

変換に迷いやすいケース(元年の扱い)
注意したいのが「元年」の扱いです。元年は「1年」と同じ意味なので、計算式にはそのまま「1」を入れます。
たとえば「令和元年」は 1 + 2018 = 2019年です。「0年」は存在しないため、元年の前年はひとつ前の元号の最終年にあたります。
書き方でも迷いが出ます。公用文では改元した年を「1年」ではなく「元年」と表記するのが原則で、平成元年・令和元年のように書きます。一方、入力フォームでは半角数字の「1」しか受け付けないこともあるため、画面の案内に従って入力してください。1989年のように昭和64年と平成元年が同じ年に並ぶケースでは、月日まで見て判断すると確実です。
和暦にまつわるよくある質問
- 令和の次の元号はいつ変わる?
-
現在の元号法では、皇位の継承があったときに限り改元されます。つまり、天皇が退位または崩御されるまで「令和」が続きます。次の元号がいつになるかは現時点ではわかりません。
- 公的書類では和暦と西暦のどちらを使う?
-
法律上はどちらでも受理されるのが原則です。ただし、役所の届出用紙や年金関連の書類はあらかじめ和暦の記入欄が印刷されていることが多いため、和暦で記入するのが一般的です。パスポートの有効期限などは西暦で表記されています。
- 「元号」と「年号」は違うもの?
-
「元号」と「年号」はほぼ同じ意味で使われます。法律用語としては「元号」が正式な表現ですが、日常会話では「年号」と呼ぶことも多く、どちらを使っても間違いではありません。
- いちばん長い元号と短い元号はどれ?
-
長いほうは早見表のとおり昭和です。反対にもっとも短いのは鎌倉時代の「暦仁(りゃくにん)」で、1238年の改元からおよそ2か月半で次の元号に改まりました。当時の記録には、読みが「略人」に通じる響きを嫌われたことが理由として残っており、名前の響きが改元につながった珍しい例です。読みやすさや語感が重んじられる点は、いまの元号選びにも通じています。
- 元号を使っている国は日本だけ?
-
元号はもともと中国で生まれた制度で、かつては朝鮮半島やベトナムでも用いられていました。中国では1912年の清朝の滅亡とともに使われなくなり、いま国の制度として元号を続けているのは日本だけです。留学や海外赴任の手続きで和暦がそのまま通じないのは、こうした事情によります。
まとめ
和暦は日本独自の暦で、645年の「大化」から現在の「令和」まで248の元号が使われてきました。ポイントを振り返ります。
- 和暦は元号+年数で年を表す日本固有の制度
- 明治以降は「一世一元」で、天皇の即位ごとに改元される
- 近現代の5元号(明治・大正・昭和・平成・令和)は早見表ですぐに確認できる
- 元号の名前は易経・書経・史記・万葉集などの古典から選ばれている
- 西暦への変換は元号ごとの足し算ルールが便利
- 公的書類では和暦が多いが、法律上は西暦でも可
和暦は日本の歴史や文化と深く結びついた仕組みです。変換に迷ったときは、この記事の早見表をぜひ活用してください。
まず取りかかるなら、自分と家族の生年を早見表で西暦に直し、手帳やスマートフォンのメモに控えておくのがおすすめです。よく使う年をひとつ覚えておくだけで、そこから前後に足し引きするだけで済むようになります。



