苗字の日は9月19日|明治3年の由来と2月13日との違い

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カレンダーやニュースで「今日は苗字の日」と見かけて、どんな日なのだろうと気になった人もいるかもしれません。苗字は毎日のように書いたり名乗ったりしているものですが、日本に住む人のほとんどが苗字を持つようになったのは、実はそれほど遠い昔のことではありません。この記事では、苗字の日がいつで、なぜその日なのかをまず整理しました。あわせて、江戸時代の苗字がどういう扱いだったのか、よく混同される2月13日の「苗字制定記念日」との違い、当時の暦との関係、日本の苗字の数やランキングまでまとめています。

結論からいうと、苗字の日は毎年9月19日。1870年(明治3年)のこの日に、平民も苗字を名乗ってよいとする布告が出されたことにちなんでいます。

苗字の日は毎年9月19日で固定。1870年(明治3年)9月19日に、太政官から「平民苗字許可令」が出された日にちなむ記念日です。

目次

苗字の日は9月19日|由来は明治3年の「平民苗字許可令」

苗字の日は毎年9月19日です。語呂合わせでつくられた記念日ではなく、実際に起きた出来事の日付をそのまま記念日にしたタイプなので、年によって日付が動くことはありません。その出来事が、1870年(明治3年)9月19日に太政官から出された布告です。

この布告は「平民苗字許可令」と呼ばれます。資料によっては「平民苗字許容令」と表記されることもありますが、指している布告は同じものです。内容をひとことでいえば、これまで公に苗字を名乗れなかった平民にも、苗字を名乗ることを許すというものでした。

項目内容
名称苗字の日(名字の日と書かれることもある)
日付9月19日(毎年固定)
由来1870年(明治3年)9月19日の太政官布告
布告の通称平民苗字許可令(平民苗字許容令)
布告の内容平民が苗字を名乗ることを許可した
混同しやすい記念日2月13日「苗字制定記念日」

誰でも苗字を名乗れるようになった日

いまの感覚では「苗字を名乗ることを許可する」という言い回しそのものが不思議に聞こえます。しかし江戸時代までの日本では、公の場で苗字を名乗ることは武士や公家などに限られた特権でした。平民にあたる人々のなかにも、家に代々伝わる呼び名を私的に使っていた例はありましたが、それを公文書に書いたり、役所に届け出たりすることはできませんでした。

明治3年の布告は、その線引きをはずしたものです。身分にかかわらず苗字を名乗ってよいという国の方針がはじめて示された日、と考えるとわかりやすいでしょう。いま自分が当たり前に使っている苗字は、この延長線上にあります。

和紙と筆、墨で書かれた文字をイメージさせる落ち着いた色調の静物

国民の祝日ではなく、暮らしの記念日

苗字の日は国民の祝日ではありません。学校や会社が休みになるわけでもなく、決まった行事があるわけでもない、いわゆる「今日は何の日」型の記念日です。だからこそ、その日に何かをしなければならないという性質のものではなく、自分や身近な人の苗字について少し考えてみるきっかけとして受け取るのが自然です。

なお、9月19日を苗字の日として紹介する資料は多くありますが、誰がいつ制定したのかをはっきり示した公式の資料は見当たりません。ここでは、布告の日付にちなんだ記念日として広く紹介されている、という理解にとどめておきます。

苗字の日の由来|なぜ平民に苗字が許されたのか

「身分制度がなくなったから平民にも苗字が認められた」と説明されることがありますが、実際の動機はもう少し事務的なものでした。新しく生まれた明治政府が、国のかたちを整えるうえで必要としていた仕組みと深く関わっています。

江戸時代、公に名乗れる苗字は武士・公家のものだった

江戸時代には「苗字帯刀」という言葉がありました。苗字を名乗ることと刀を差すことをあわせた表現で、武士の身分を示す象徴として使われています。町人や農民であっても、功績があった場合などに苗字帯刀を許されることがあり、これは特別な栄誉として扱われました。逆にいえば、許されなければ公には名乗れなかったということです。

ただし、平民に苗字がまったく存在しなかったわけではありません。地域の古い記録や墓石、寺の過去帳などには、公には名乗らないものの家の呼び名として苗字が使われていた例が残っているとされます。「持っていなかった」というより「公に使えなかった」と整理したほうが実態に近い、という見方が有力です。

戸籍を整えるために出された太政官布告

明治政府が苗字の解禁に踏み切った背景には、戸籍の整備があります。国民ひとりひとりを把握する仕組みがなければ、税を集めることも、徴兵の対象を決めることも、学校をつくって就学を求めることもできません。そして人を区別して台帳に記録するには、名前だけでは足りず、家をまとめて示す苗字という単位が必要でした。

同じ村に同じ名前の人が何人もいる状況では、台帳をつくっても人物を特定できません。苗字の解禁は、平等の実現という理念よりも先に、行政の実務上の必要から出てきた面が大きいと説明されます。

実際、明治3年の布告から2年後の1872年(明治5年)には、全国的な戸籍がつくられています。苗字の解禁は、その準備段階に位置づけられる動きだったわけです。

許されたのに、なかなか広まらなかった

ところが、この布告を受けて平民が一斉に苗字を届け出たかというと、そうはなりませんでした。「許可する」という表現からもわかるとおり、名乗るかどうかは本人の自由だったからです。届け出は思うように進まず、政府にとっては当てがはずれる結果になりました。

広まらなかった理由としては、次のようなことが挙げられます。

苗字の届け出が進まなかったとされる理由
  • 新しい政府の政策に対する警戒感が強く、届け出ると税を多く取られるのではないかと疑われた
  • 苗字を名乗ることが徴兵につながるのではないか、という不安があった
  • 日常生活では屋号や通称で十分に用が足りており、必要性を感じなかった
  • 苗字は上の身分のものという意識が残り、名乗ることをためらう気持ちがあった

なかでもよく挙げられるのが、税に関する警戒感です。新しい制度が出てくるたびに負担が増えてきた経験があれば、様子を見ようと考えるのは無理のない反応だったといえます。この「進まなかった」という事実が、次に説明する2月13日の記念日につながっていきます。

「苗字の日」と「苗字制定記念日」の違い|9月19日と2月13日

苗字にちなんだ記念日は9月19日だけではありません。2月13日には「苗字制定記念日」があり、どちらも明治初期の布告にちなむため混同されがちです。違いは、許可した日か、義務づけた日かという一点に集約されます。

項目苗字の日苗字制定記念日
日付9月19日2月13日
もとになった布告平民苗字許可令平民苗字必称義務令
出された年1870年(明治3年)1875年(明治8年)
内容平民も苗字を名乗ってよい全員が苗字を名乗らなければならない
性格許可(任意)義務(強制)

1875年の「平民苗字必称義務令」で義務になった

明治3年の許可令から約4年半後の1875年(明治8年)2月13日、政府はあらためて布告を出します。これが「平民苗字必称義務令」で、今度は苗字を名乗ることを義務としました。任意では広まらないのだから義務にする、という判断です。

日本に住むほぼ全員が苗字を持つという、いまの当たり前が成立したのは、9月19日の「許可」ではなく2月13日の「義務」のほうです。苗字の日はその出発点にあたる日、と位置づけると2つの関係が整理しやすくなります。

この義務化によって、それまで苗字を持たなかった人たちが短期間で苗字を決めることになりました。住んでいる土地の名前をとった、寺の住職や地域の有力者に相談して決めてもらった、といった経緯が各地に伝わっています。ただし個々の家がどう決めたかは記録に残りにくく、伝承として語られている部分が多い点には注意が必要です。

2つを取り違えないための覚え方

ふたつの記念日は名前が似ているうえ、どちらも「苗字にまつわる明治の布告」なので入れ替わりやすいものです。覚えるときは、順番と中身をセットにすると混乱しにくくなります。

  • 先に来るのが許可(明治3年・9月19日=苗字の日)
  • あとから来るのが義務(明治8年・2月13日=苗字制定記念日)
  • 「許してもだめだったから決めさせた」という流れで並べると順番を間違えにくい

明治3年9月19日は、今のカレンダーの9月19日ではない

ここで暦の話をひとつ。記念日の日付を追いかけていくと、明治初期の出来事には必ずついて回る論点があります。当時の日本が使っていたカレンダーが、いまのものとは違ったという点です。

日本が新暦に変わったのは明治6年1月1日から

日本が現在のグレゴリオ暦(新暦)を採用したのは、明治5年12月3日を明治6年1月1日とした改暦からです。西暦でいえば1873年1月1日にあたります。つまり、布告が出された明治3年(1870年)の時点では、日本はまだ太陰太陽暦、いわゆる旧暦を使っていました。

ということは、「明治3年9月19日」という日付は旧暦の日付です。旧暦と新暦では1か月前後のずれが生じるため、この日はいま私たちが使っているカレンダーの9月19日と同じ日ではありません。厳密に新暦へ換算すると、別の日付になります。

「布告の日付をそのまま記念日にする」という考え方

それでも苗字の日は9月19日です。換算した日付ではなく、記録に残された「9月19日」という数字をそのまま採っているからです。明治初期の出来事にちなむ記念日には、同じ扱いをしているものが少なくありません。

これは間違いというより、記念日の性格によるものです。記念日は天文現象で決まる二十四節気などと違い、出来事を覚えておくための目印として置かれます。そのため「当時の記録にそう書かれている日付」を使うほうが、由来との結びつきがわかりやすくなります。

ちなみに、記念日には大きく分けて三つのタイプがあります。出来事の日付をそのまま使うもの、語呂合わせでつくられたもの、そして毎年日付が動くものです。苗字の日は一つめにあたります。

苗字の豆知識|数・全国ランキング・由来の4タイプ

苗字の日をきっかけに、日本の苗字そのものについても見ておきましょう。数の多さも、上位の顔ぶれも、由来のパターンも、知っておくと身近な苗字の見え方が少し変わります。

日本の苗字は10万種以上といわれる

日本にある苗字の数は10万種を超えるといわれます。数え方によっては30万種近くになるという見方もあり、はっきりした数字が定まっているわけではありません。読み方の違いを別の苗字として数えるか、珍しい表記をどこまで含めるかで結果が変わるためです。

苗字の種類が多いのは、明治期に短期間で大量の苗字が新たに決められたことと無関係ではないとされます。地名・地形・職業など身の回りのものから名づけられたため、地域ごとに独自の苗字が生まれました。

全国で多い苗字トップ10

全国的に多い苗字の上位は、調査によって細かな順位が入れ替わることはあるものの、顔ぶれはおおむね安定しています。代表的な順位は次のとおりです。

順位苗字読み
1位佐藤さとう
2位鈴木すずき
3位高橋たかはし
4位田中たなか
5位伊藤いとう
6位渡辺わたなべ
7位山本やまもと
8位中村なかむら
9位小林こばやし
10位加藤かとう

1位の佐藤と2位の鈴木はいずれも170万人を超える規模とされ、上位2つだけで相当な人数になります。一方で、全国では数人しかいないとされる珍しい苗字も数多く存在します。多い苗字と珍しい苗字が同じ国のなかに同居しているところが、日本の苗字のおもしろさです。

木の表札が並ぶ古い集合住宅の玄関まわりを、落ち着いたトーンで切り取った風景

苗字の由来は大きく4つに分けられる

個々の苗字の由来には諸説あり、一つに決められないものがほとんどです。それでも成り立ちのパターンとしては、次の4つに整理されることが多くあります。

タイプ成り立ち例として挙げられるもの
地名住んでいた土地や出身地の名前から三河、大和、長谷川
地形・風景家の周りにあった地形や風景から山田、川口、小林、中村
職業・役割就いていた仕事や務めから服部、鍛冶、犬養
一族の系統有力な氏族との関わりから佐藤、伊藤、加藤など「藤」のつく苗字

「藤」のつく苗字が多いのは、藤原氏との関わりから生まれたものがあるためという説が知られています。ただし同じ苗字でも地域ごとに別々の由来をもつことがあり、自分の家の苗字がどのパターンに当てはまるかを断定するのは簡単ではありません。「こういう成り立ちのものがある」という程度に受け取るのが適切です。

苗字の日にやってみたい3つのこと

決まった行事のない記念日なので、過ごし方は自由です。せっかくなら、自分の苗字を少し掘り下げてみる日にしてはいかがでしょうか。特別な準備もお金もいらず、家族との会話が弾みやすいのもこの記念日の良いところです。

自分の苗字がどこに多いか調べてみる

同じ苗字でも、全国に散らばっているものと特定の地域に集中しているものがあります。自分の苗字がどの都道府県に多いのかを調べてみると、家のルーツが残っている地域が見えてくることがあります。地図と見比べながら、その土地の地名に似た字が使われていないかを探すのも楽しい作業です。

ただし、苗字の分布や由来を紹介するサービスの情報は推定を含みます。家の歴史を確かめたいときは、戸籍や親族の記憶といった手元の資料のほうが確かな手がかりになります。

家族に家系の話を聞いてみる

祖父母や親の世代に「うちの苗字ってどこから来たの」と聞いてみると、思いがけない話が出てくることがあります。どの土地から移ってきたのか、親戚に同じ苗字が多いのはなぜか、お墓はどこにあるのか。記念日という口実があると、あらたまって聞きにくい話も切り出しやすくなります。

聞いておくと役に立つこと
  • 本家や親戚が集まっている地域はどこか
  • お墓や菩提寺がどこにあるか
  • 家に伝わっている苗字の由来や言い伝え
  • 昔の表記や読み方が今と違っていないか

9月19日はほかにもある記念日

9月19日には、苗字の日以外にもいくつかの記念日が重なっています。「く・じゅう・く」の語呂合わせにちなむ九十九島の日、「ク・イ・ック・ル」の語呂合わせによるクイックルの日などです。また、俳人・正岡子規が1902年のこの日に亡くなったことから、糸瓜忌(へちまき)としても知られています。

9月は敬老の日をはじめ、家族や世代のつながりに目が向く行事が集まる月でもあります。苗字の日も、そうした流れのなかで受け取ると自然になじみます。

9月の記念日には、暮らしの習慣を見直すきっかけになるものもあります。苗字の日の3日後、9月22日は体を動かすことをテーマにしたフィットネスの日です。

苗字の日についてよくある質問

苗字の日は毎年同じ日付ですか

はい、毎年9月19日で固定です。1870年(明治3年)9月19日に平民苗字許可令が出されたことにちなむため、年によって日付が変わることはありません。

苗字の日と苗字制定記念日はどう違うのですか

9月19日の苗字の日は、平民も苗字を名乗ってよいと「許可」した布告にちなみます。2月13日の苗字制定記念日は、その約4年半後に苗字を名乗ることを「義務」とした布告にちなむ記念日です。

江戸時代の平民には苗字がなかったのですか

まったくなかったわけではないとされます。家の呼び名として苗字が使われていた例は各地に残っており、公の場で名乗ることが認められていなかった、と整理するほうが実態に近いという見方が有力です。

なぜ許可されたのに苗字が広まらなかったのですか

名乗るかどうかが本人の自由だったことに加え、届け出ると税や徴兵の負担が増えるのではないかという警戒感があったためと説明されます。日常では屋号や通称で足りていたことも理由に挙げられます。

日本の苗字はいくつあるのですか

10万種を超えるといわれますが、数え方によって幅があり、30万種近くとする見方もあります。読み方の違いをどう数えるかなどで結果が変わるため、はっきりした数字は定まっていません。

苗字の日は祝日ですか

国民の祝日ではありません。決まった行事もないため、自分や家族の苗字について話すきっかけにする日、という受け取り方が一般的です。

まとめ|9月19日は苗字が全員のものになる出発点

苗字の日は毎年9月19日。1870年(明治3年)のこの日に、平民も苗字を名乗ってよいとする「平民苗字許可令」が出されたことにちなむ記念日です。江戸時代まで公に苗字を名乗れるのは武士や公家などに限られており、この布告はその線引きをはずすものでした。

ただし、許可されただけでは広まりませんでした。税や徴兵への警戒感から届け出が進まず、1875年(明治8年)2月13日の「平民苗字必称義務令」で義務化されて、ようやく全員が苗字を持つ状態になります。混同しやすい2つの記念日は、許可が先で義務があと、という順番で覚えておくと整理できます。

もうひとつ押さえておきたいのが暦の話です。明治3年の日本はまだ旧暦を使っていたため、布告の「9月19日」は現在のカレンダーの9月19日と同じ日ではありません。それでも記念日として9月19日が使われているのは、記録に残された日付をそのまま目印にしているからです。

苗字の日は毎年9月19日。明治3年の平民苗字許可令にちなむ日で、全員が苗字を持つようになったのは明治8年の義務化からです。この日は自分の苗字がどこに多いのかを調べたり、家族に家のルーツを聞いてみたりしてはいかがでしょうか。

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