焼き鳥の日は8月10日|由来は「や・きと・り」と川魚店から始まった歴史

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夏の夕方、路地から煙とタレの匂いが流れてくる。あの匂いに足を止めた経験は、きっと誰にでもあるはずです。

その焼き鳥にも記念日があります。8月10日の「焼き鳥の日」です。日付の理由は語呂合わせだと聞けば納得できますが、この記念日を作ったのが一軒の川魚料理店だったことまでは、あまり知られていません。しかも焼き鳥は、鶏肉とはかぎらないのです。

この記事では、焼き鳥の日がいつ・誰によって定められたのかをまず整理します。そのうえで、記念日を制定した鮒忠の歩み、江戸から現代までの焼き鳥の歴史、豚肉を使う「やきとり」の街、そして部位と塩・タレの選び方までをまとめました。8月10日の食卓が少し楽しくなる話を持ち帰ってもらえたらと思います。

目次

焼き鳥の日は8月10日|由来は「や・きと・り」の語呂合わせ

焼き鳥の日は、毎年8月10日です。「や(8)きと(10)り」と読む語呂合わせから定められました。日付が固定されているので、曜日に関係なく毎年8月10日にやってきます。

まずは全体像を表で押さえておきましょう。

項目内容
記念日名焼き鳥の日
日付8月10日(毎年)
制定株式会社鮒忠(東京・浅草)
制定年2007年
日付の由来「や(8)きと(10)り」の語呂合わせ
登録一般社団法人 日本記念日協会に認定・登録

制定したのは浅草の焼き鳥チェーン「鮒忠」

焼き鳥の日を提唱したのは、東京・浅草に本社を置く株式会社鮒忠です。自治体でも業界団体でもなく、一軒の飲食店から始まった会社が言い出した記念日でした。

鮒忠が制定したのは2007年のこと。申請を受けて、一般社団法人日本記念日協会が認定・登録しています。この協会は民間の団体で、申請された記念日を審査して登録する仕組みを持っています。国が法律で定めた祝日とは性格が違うため、8月10日が休日になるわけではありません。

「や(8)きと(10)り」という読み方は、8を「や」、10を「と」と訓読みで数える日本語だからこそ成り立つ仕組みです。数字の語呂合わせから生まれた記念日は、こうして日本独自の日付になります。

8月が選ばれたのは「ビールがいちばんおいしい季節」だから

語呂合わせだけなら、8月10日でなくてもよさそうに思えます。実際、8と10の組み合わせは「8月10日」以外には作りにくいのですが、鮒忠はもうひとつの理由を挙げています。焼き鳥の最良の相棒であるビールが、いちばんおいしく感じられる真夏だから、というものです。

語呂と季節感の両方がそろっている点は、この記念日の強みだと言えます。冷えたグラスと焼きたての串という組み合わせは、8月の夕方の風景そのものです。日付を覚えてもらうためだけの数字合わせではなく、実際に食べたくなる季節に置いた。そこに制定者の狙いが見えます。

焼き鳥の日は8月10日。「や(8)きと(10)り」の語呂合わせと、ビールのおいしい真夏であることから、鮒忠が2007年に定めた記念日です。

焼き鳥の日を作った鮒忠|川魚店から「焼き鳥の父」まで

焼き鳥の日を制定した鮒忠は、もともと焼き鳥の店ではありませんでした。社名に「鮒(ふな)」の字が入っていることが、その出自を今も伝えています。

1946年、浅草千束の川魚料理店として開業

鮒忠の創業は1946年、戦後まもない浅草千束の地でした。創業者は根本忠雄。扱っていたのは鮒やどじょう、うなぎといった川魚で、串焼きを中心にした店だったと伝えられています。

焼け跡の東京で、川魚を焼いて売る。食べるものが不足していた時代に、手に入る素材で商売を組み立てた形です。串に刺して炭火で焼くという調理法自体は、このころすでに店の柱になっていました。

冬に川魚が獲れず、鶏の串焼きを始めたのが転機

川魚には弱点がありました。冬になると獲れなくなるのです。この端境期をどう乗り切るかという課題に対して、根本忠雄が出した答えが鶏肉でした。鶏肉を串に刺して焼き、売り出したのです。

この焼き鳥が評判を呼び、大きくヒットしました。冬をしのぐための一手だったものが、やがて店の主役に入れ替わっていきます。のちに根本忠雄が「焼き鳥の父」と呼ばれるようになったのは、この転換が広く知られたためです。

川魚から鶏へ。記念日の背景には、季節に振り回される商売をどう続けるかという、きわめて現実的な工夫がありました。8月10日という日付にビールの季節を重ねた発想も、その延長線上にあるのかもしれません。

ちなみに、鮒忠が最初に扱っていたうなぎにも、夏に食べる習慣を持つ有名な日があります。

焼き鳥はいつから食べられている?江戸から現代までの歴史

焼き鳥そのものの歴史は、鮒忠の創業よりずっと古くまでさかのぼります。ただし「安くて気軽な一本」になったのは、意外にも戦後のことでした。

炭火の上で串焼きが焼かれている、落ち着いた色調の手元のイメージ写真

江戸時代|料理本に載った串焼きと屋台の登場

江戸時代には、串に刺した肉を焼くという現在の焼き鳥に近いスタイルがすでにできあがっていました。当時の料理本にも、その作り方が記されています。

この時代に登場したのが、気軽に串焼きを楽しめる屋台でした。今でいう立ち飲みの原型のような存在です。ただし使われていた素材は、私たちが思い浮かべる鶏のもも肉とはかぎりませんでした。

明治〜昭和初期|鶏肉は高級品で、雀や豚も使われた

明治の中ごろになると、焼き鳥を看板にする店が現れます。とはいえ鶏肉は当時まだ高価な食材でした。庶民が日常的に口にできるものではなかったのです。

そこで使われたのが、手に入りやすい素材です。雀などの野鳥、あるいは豚や馬の肉が串に刺されていました。「焼き鳥」という名前でありながら中身が鶏とはかぎらないという状況は、この時代から続いています。あとで触れる各地の「やきとり」も、この文脈の中にあります。

昭和30年代|ブロイラーの普及で一気に大衆化

流れが変わったのは高度経済成長期です。昭和30年代にアメリカからブロイラーが入ってきました。短期間で育てて出荷する食用鶏で、これにより鶏肉の価格が大きく下がります。

高級食材だった鶏肉が手の届く値段になり、焼き鳥は一気に全国へ広がりました。鮒忠が鶏の串焼きを始めたのは、ちょうどこの大衆化が始まろうとしていた時期にあたります。時代の追い風があったからこそ、冬しのぎの一品が主役になれたわけです。

焼き鳥の世界には「串打ち三年、焼き一生」という言い方があります。串に刺す技術を覚えるだけで三年、焼き加減を極めるには一生かかるという意味です。手軽に食べられる一本の裏側に、細かな技術が積み重なっています。

肉を保存し、味わうための工夫という点では、同じ8月上旬にある記念日にも通じるものがあります。

「焼き鳥」と「やきとり」は別もの?豚肉を使う地域がある理由

焼き鳥の日をきっかけに知っておきたいのが、「やきとり」とひらがなで書く食べものの存在です。地域によっては、鶏ではなく豚の串焼きを堂々と「やきとり」と呼びます。誤用ではなく、その土地に根づいた呼び名です。

もともと、野鳥の串焼きも豚のモツの串焼きも、まとめて「やきとり」と呼ばれていた時代がありました。鶏肉に限定して考えるほうが、むしろ新しい感覚なのです。代表的な3か所を並べてみます。

呼び名地域主な素材特徴
室蘭やきとり北海道室蘭市豚肉豚肉とタマネギを交互に刺し、洋がらしを添える
美唄焼き鳥北海道美唄市鶏肉・鶏の内臓肉・皮に加えレバーやハツなどを一本の串に刺す
東松山やきとり埼玉県東松山市豚のカシラ肉ニンニクの効いた辛味噌だれを塗って食べる

室蘭やきとり|豚肉とタマネギ、始まりは戦時中の養豚

室蘭やきとりは、豚肉とタマネギを串に交互に刺した料理です。ネギではなくタマネギを使う点が大きな特徴で、辛子を付けて食べます。

この形が生まれた背景には、戦時下の事情がありました。1937年に始まった日中戦争のもとで、食料の確保と軍用の豚革を納めるため、全国で養豚が急速に広まります。室蘭でも養豚が盛んになりましたが、肉と革は国に納めることになっていました。市内で食べることを許されたのは、鮮度が落ちると食用にできないモツだけだったのです。

手元に残った素材で工夫した結果が、この土地の名物になりました。呼び名が「やきとん」ではなく「やきとり」のままなのは、串焼き全般を指す古い呼び方がそのまま残ったためです。

美唄焼き鳥|鶏の内臓をまとめて一本に

同じ北海道でも、美唄市のやきとりは鶏肉を使います。ただし普通の焼き鳥とは刺し方が違います。もも肉や皮だけでなく、レバーやハツといった内臓を一本の串にまとめて刺すのです。

一本の中で食感と味が次々に変わっていくため、食べ進める楽しさがあります。かつて炭鉱の町として栄えた美唄で、一羽を余さず使う発想から生まれた形だと考えられています。

東松山やきとり|豚のカシラ肉と辛味噌だれ

埼玉県東松山市のやきとりは、豚のカシラ肉、つまり頭部周辺の肉を使います。ここでも鶏は登場しません。

最大の目印は、たっぷり塗られる辛味噌だれです。ニンニクが効いた味噌ベースのたれで、店ごとに配合が違うと言われるほど個性が分かれます。焼き上がった串にこのたれを付けて食べるのが、東松山の流儀です。

鶏を使わない「やきとり」が各地にあると知っておくと、旅先でメニューを見たときの受け止め方が変わります。焼き鳥の日は、そうした違いを確かめてみる日にもできそうです。

焼き鳥の日をもっと楽しむ|部位の違いと塩・タレの選び方

せっかくの記念日なので、いつもの「とりあえず盛り合わせ」から一歩踏み込んでみるのもおすすめです。部位の違いがわかると、注文そのものが楽しくなります。

皿に並んだ数種類の焼き鳥の串を上から写した、上品で落ち着いた色調のイメージ写真

定番の部位と味わいの違い

店によって呼び名は多少変わりますが、よく見かける部位はおおむね次のとおりです。

部位どこの肉か味わいの目安
もも脚の付け根脂と弾力があり、食べごたえがある定番
ねぎまもも肉とねぎを交互にねぎの甘みで後味が軽くなる
むね・ささみ胸まわり脂が少なく淡白であっさり
首や胴の皮脂が多く、香ばしさが立つ
つくねひき肉を練ったものやわらかく、たれとの相性がよい
砂肝筋胃コリコリとした歯ごたえ
ハツ心臓締まった弾力と控えめな脂
レバー肝臓ねっとりと濃厚な風味
ぼんじり尾の付け根脂がのっていてジューシー

好みがはっきり分かれるのはレバーとぼんじりあたりです。初めての店では、まずももとつくねで焼き加減を見てから広げていくと外しにくくなります。

塩かタレか、迷ったときの目安

塩とタレのどちらを選ぶかは、結局のところ好みの問題です。ただ、素材との相性で考えると迷いにくくなります。

塩とタレの選び分け
  • 塩が向くもの…ささみ・むね・砂肝・ねぎまなど、素材の味を前に出したい部位
  • タレが向くもの…レバー・つくね・皮など、甘辛い味でまとめたい部位
  • 迷ったら…店のおすすめを聞く。部位ごとに味付けを決めている店も多い
  • 食べ比べたいとき…同じ部位を塩とタレで1本ずつ頼むと違いがわかりやすい

順番としては、塩の淡白なものから始めてタレの濃いものへ移ると、味が混ざりにくくなります。焼き鳥の日には、あえて普段頼まない部位を1本足してみるのもよさそうです。

家で楽しむなら、鶏肉を使った料理に目を向けてみる手もあります。同じ8月上旬には、鶏肉が主役の記念日がもうひとつあります。

8月10日はほかにもある記念日

8月10日は、焼き鳥の日以外にもいくつもの記念日が重なっている日です。語呂合わせ由来のものと、史実にちなむものが混ざっています。

  • 道の日…1920年のこの日に日本初の近代的な道路整備計画が決まったことから、建設省道路局が1986年に制定
  • 帽子(ハット)の日…「ハッ(8)ト(10)」の語呂合わせ
  • 健康ハートの日…「810(ハート)」と読めることから、日本心臓財団などが1985年に制定
  • バトンの日…1980年のこの日、アメリカのシアトルで第1回世界バトントワリング選手権が開かれたことに由来
  • 宿の日…「や(8)ど(10)」の読みにちなむ記念日

8を「や」「ハッ」「ハー」と読み分けることで、まったく違う記念日が同じ日に並びます。日本語の数字の読み方の幅が、そのまま記念日の数になっている形です。

そのうち「ハー(8)ト(10)」と読む記念日には、感謝の気持ちを伝えることを目的にしたものもあります。

8月上旬は、こうした語呂合わせの記念日が続く時期でもあります。前日の9日にも、同じ仕組みで生まれた記念日があります。

8月全体の行事やイベントを見渡したいときは、こちらもあわせてどうぞ。

よくある質問

焼き鳥の日は毎年8月10日で変わりませんか

変わりません。「や(8)きと(10)り」の語呂合わせで日付が決まっているため、曜日に関係なく毎年8月10日です。

焼き鳥の日は誰が決めたのですか

東京・浅草に本社を置く株式会社鮒忠が2007年に制定し、一般社団法人日本記念日協会に認定・登録されました。国が定めた祝日ではないため、休日にはなりません。

なぜ8月なのですか。語呂合わせだけが理由ですか

語呂合わせに加えて、焼き鳥と相性のよいビールがいちばんおいしく感じられる真夏であることが理由に挙げられています。

「焼き鳥」と「やきとり」は書き分けているのですか

地域によって使い分けられています。室蘭や東松山のように豚肉を使う串焼きを「やきとり」とひらがなで表記する例があります。串焼き全般を「やきとり」と呼んでいた古い言い方が、そのまま残ったものです。

焼き鳥の日にイベントはありますか

制定した鮒忠をはじめ、焼き鳥店や食品メーカーが割引や限定メニューを用意することがあります。内容は年や店舗によって変わるため、行きたいお店の告知を確認するのが確実です。

焼き鳥はいつから食べられていたのですか

江戸時代にはすでに串焼きのスタイルがあり、当時の料理本にも作り方が載っています。ただし鶏肉が安く手に入るようになったのは、ブロイラーが普及した昭和30年代以降です。

まとめ|8月10日は一本の串の背景を思い出す日

焼き鳥の日は毎年8月10日。「や(8)きと(10)り」の語呂合わせと、ビールがおいしい真夏であることから、浅草の鮒忠が2007年に定めた記念日です。

制定した鮒忠は、1946年に川魚料理店として始まりました。冬に川魚が獲れないという事情から鶏の串焼きを始め、それが評判を呼んだ。記念日の背景には、そんな現実的な工夫があります。

焼き鳥そのものは江戸時代までさかのぼりますが、鶏肉が身近になったのは昭和30年代のブロイラー普及以降でした。だからこそ、雀や豚を使った時代の名残が、室蘭・美唄・東松山といった土地の「やきとり」に今も残っています。

8月10日は、いつもの一本を少しだけ違う目で見てみる日。部位を変えてみる、塩とタレを食べ比べてみる、旅先の「やきとり」を思い出してみる。それだけで、この記念日は十分に楽しめます。

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