夏が近づくと、スーパーや飲食店で「土用の丑の日」という言葉を目にする機会が増えますよね。うなぎを食べる日として知られていますが、そもそも「土用」とは何か、「丑の日」とはどんな日なのか、答えられる方は意外と少ないものです。
この記事では、土用の丑の日の由来を、言葉の意味から丁寧にひも解いていきます。古代中国から伝わった暦の考え方、平賀源内にまつわる有名な逸話、そして「う」のつく食べ物を食べる古来の風習まで、知っているとちょっと話したくなる雑学をまとめました。
この記事でわかること
- 「土用」と「丑の日」それぞれの意味と由来
- うなぎを食べる習慣が生まれた背景
- 2026年の土用の丑の日の日付
- うなぎ以外の伝統的な食べ物
土用の丑の日の由来をひと言で
土用の丑の日は、古代中国の「陰陽五行説」と日本の「十二支による日数え」が組み合わさってできた日です。うなぎを食べる習慣は江戸時代に広まったとされています。
由来がややこしく感じられるのは、性格の違う三つの要素が一つの言葉に同居しているからです。季節の区切りを示す「土用」、日そのものに付けられた名前である「丑」、そして江戸時代に加わった「うなぎ」。この三つは生まれた時代も目的もばらばらで、はじめから一続きの行事として始まったわけではありません。
「土用」と「丑の日」が組み合わさった言葉
「土用の丑の日」は、二つの暦の考え方が重なった日を指します。一つは季節の変わり目を表す「土用」、もう一つは十二支で日を数えたときの「丑」の日です。
つまり「土用の期間中にやってくる丑の日」が、土用の丑の日というわけです。両方の意味を知ると、由来がぐっとわかりやすくなりますよ。
暦の用語としては、「土用」が期間を、「丑の日」がその期間内の特定の一日を指しています。土用だけでは日付が定まらず、丑の日だけでは季節が定まりません。二つを掛け合わせてはじめて、年に数日しかない特別な日付が決まる仕組みです。
起源は古代中国の陰陽五行説
「土用」のおおもとは、古代中国で生まれた「陰陽五行説(いんようごぎょうせつ)」という考え方にあります。世界のすべてを「木・火・土・金・水」の5つの要素で説明する自然哲学です。
この思想が日本に伝わり、暦や年中行事に深く根づきました。土用の丑の日も、その流れのなかで生まれた風習のひとつなのです。
五行の考え方は、季節だけでなく方角・色・味などにも当てはめて用いられました。日本には暦法とともに伝わり、律令制のもとで暦づくりや天文の観測を担う役所(陰陽寮)が置かれると、年中行事の日取りを決める土台として定着していきます。土用が暮らしの区切りとして残ったのも、この流れがあったからです。
「土用」の意味と由来
「土用」とは、立春・立夏・立秋・立冬の直前にある約18日間のことです。年に4回めぐってくる、季節の変わり目の期間を指します。
期間の初日は「土用入り」、最終日は季節が入れ替わる前日にあたります。この最終日こそが本来の「節分」で、いまは立春前の一回だけが豆まきの日として残りましたが、もとは年4回ありました。土用という言葉が、季節をつなぐ蝶番のような役割を担っていたことがわかります。

陰陽五行説における「土」の位置
陰陽五行説では、四季それぞれに五行のうちの一つが割り当てられています。春は「木」、夏は「火」、秋は「金」、冬は「水」。ここで困るのが、五行のうち「土」だけが余ってしまうことです。
そこで、季節と季節のあいだの18日間を「土」に割り当てる工夫がされました。これが「土用」の語源だといわれています。「土の働きが用いられる期間」というイメージですね。
18日という長さにも理屈があります。一年を五行で均等に分ける発想に立つと、一つの要素の持ち分はおよそ72日。そこで四季の終わりに18日ずつ、合わせて72日を「土」に振り分けたと説明されます。土は特定の季節を持たない代わりに、四つの季節の移り変わりを支える立場に置かれたわけです。
土用は年4回ある(春・夏・秋・冬)
意外と知られていませんが、土用は夏だけのものではありません。立春・立夏・立秋・立冬の前にそれぞれ約18日間あり、年4回めぐってきます。
| 季節 | 土用の期間(おおよそ) |
|---|---|
| 冬の土用 | 1月中旬〜2月初旬(立春前) |
| 春の土用 | 4月中旬〜5月初旬(立夏前) |
| 夏の土用 | 7月中旬〜8月初旬(立秋前) |
| 秋の土用 | 10月中旬〜11月初旬(立冬前) |
季節の変わり目は体調を崩しやすい時期。昔の人は「土用」の期間を、養生のための大切な区切りとして大事にしてきました。
養生と並ぶ古い決まりごとが、「土を動かす作業を控える」という習わしです。土をつかさどる神が地上にいる期間と考えられ、庭仕事や基礎工事を避ける習わしが各地に伝わってきました。作業をしてもよいとされる例外の日と、2026年の期間の一覧も確認できます。

なぜ夏の土用だけが有名なのか
4回ある土用のなかでも、夏の土用が特別に親しまれている理由は、暑さによる夏バテと深く関係しています。立秋前の18日間は一年でもっとも暑さが厳しく、体力を消耗しやすい時期です。
この時期に栄養のある食事を取って乗り切ろうという暮らしの知恵が、行事食として根付きました。そこに後述する「うなぎ」の習慣が重なり、夏の土用だけが広く知られるようになったのです。
知名度を押し上げたのは、商いとの結びつきでした。江戸の町では夏の土用が店先の宣伝文句として使われ、近代以降も季節の売り場を彩る催事として繰り返し取り上げられてきました。春・秋・冬の土用は目立つ行事食と結びつかなかったため、暦の上の言葉として残るだけになったのです。
「丑の日」の意味と由来
「丑の日」は、十二支の「丑」にあたる日のことです。日本では古くから、年だけでなく月や日にも十二支を順番に割り当てて数えてきました。
正式には、十干(甲・乙・丙…)と十二支を組み合わせた60通りの「干支(かんし)」で日を数えます。十二支の部分だけを取り出せば12日でひと回りし、干支まで含めると60日でひと回り。「丑の日」と呼ぶときは、この十二支の部分だけを見ていることになります。
十二支で日付を数える文化
十二支といえば「子(ね)・丑(うし)・寅(とら)・卯(う)・辰(たつ)・巳(み)・午(うま)・未(ひつじ)・申(さる)・酉(とり)・戌(いぬ)・亥(い)」の12種類。年賀状の干支でおなじみですよね。
この十二支を、1日ごとに順番に当てはめていく数え方が、昔の日本では一般的でした。12日ごとに同じ干支がめぐってくるため、土用の約18日間のなかには「丑の日」が必ず1〜2回入る計算になります。
日を十二支で呼ぶ習慣は、いまも暦(こよみ)の日付欄や神社の行事に生きています。2月最初の午の日に稲荷社をお参りする「初午(はつうま)」のように、日付ではなく十二支で日取りが決まる行事は今も各地に残っています。
「丑」が選ばれた理由
土用と丑の日が重なる日は、季節の変わり目と暦の節目が二重に重なる、特別なタイミングと考えられました。だからこそ「養生の日」として意識されるようになったのです。
気をつけたいのは、丑の日そのものは大安や一粒万倍日のような吉日ではないという点です。順番にめぐってくる日の呼び名にすぎず、単独では特別な意味を持ちません。土用と重なったときにだけ、季節の節目として光が当たる日なのです。
二の丑(同じ年に2回ある場合)
夏の土用の期間は約18日間。十二支は12日でひとめぐりするので、年によっては丑の日が2回入ることがあります。
この場合、1回目を「一の丑(いちのうし)」、2回目を「二の丑(にのうし)」と呼びます。うなぎ屋さんにとっては、年に2回の書き入れ時になる年でもあるのです。
呼び分けといっても、丑の日そのものに格の違いがあるわけではありません。同じ土用のなかで数えた順番を示すだけの言い方で、食べるものや過ごし方が一の丑と二の丑で変わることもありません。
土用の丑の日にうなぎを食べる由来

土用の丑の日にうなぎを食べる習慣は、江戸時代に広まったと考えられています。なかでも有名なのが、江戸時代中期の蘭学者・平賀源内(ひらが げんない)にまつわる逸話です。
ただし、うなぎと夏を結びつける発想そのものは江戸時代よりずっと古く、奈良時代の歌集にすでに顔を出しています。歌が詠まれた8世紀から江戸中期の逸話までは、およそ千年の開きがあります。古い記録から順に見ていくと、江戸の逸話がどこまで新しい話なのかを見分けやすくなります。
奈良時代にさかのぼる「夏痩せにうなぎ」の記録
現存する最古級の記録は『万葉集』の巻十六に収められた、大伴家持(おおとものやかもち)の歌です。痩せていることで知られた知人・石麻呂(いわまろ)に向けて、家持が戯れに詠み贈った一首として伝わっています。
訓読では「石麻呂に 我れ物申す 夏痩せに よしといふものぞ 鰻捕り食せ」と読み下されます。夏痩せにはうなぎがよいと聞くから捕って召し上がりなさい、という呼びかけです。
この歌に「土用」も「丑の日」も出てきません。それでも、夏の疲れとうなぎを結びつける感覚が1200年以上前の日本にあったことは読み取れます。江戸時代の逸話は、ゼロから習慣を生み出したのではなく、古くからあった発想に日付という枠をはめたものだと考えると腑に落ちます。
平賀源内が広めたという有名な説
もっとも広く知られているのが、平賀源内が考案した宣伝コピーが発祥という説です。本来うなぎの旬は冬で、夏は売り上げが落ち込む時期。困ったうなぎ屋が、当時の人気文化人だった源内に相談したと伝えられています。
源内の発想:「本日 土用丑の日」と書いた紙を店先に貼り出したところ、店は大繁盛。これをきっかけに、土用の丑の日にうなぎを食べる習慣が江戸の町に広がったといわれています。
江戸中期の風俗をまとめた『明和誌』にも、安永・天明(1772〜1789年)の頃から土用の丑の日にうなぎを食べる習慣が始まったとの記述があり、源内が活躍した時代と重なる点が興味深いところです。
一方で、源内が実際にこの宣伝を手がけたと書き残した同時代の史料は見つかっていません。この張り紙が効いたと説明されるのも、『う』のつくものを丑の日に口にするという言い伝えが江戸の町にすでに広まっていたからで、まったくの思いつきが一夜で広まったわけではないという見方が一般的です。
平賀源内説以外の説(蜀山人・春木屋善兵衛)
うなぎ習慣の起源には、源内説以外にもいくつかの説が伝わっています。代表的なものを並べてみましょう。
- 蜀山人(しょくさんじん)説:江戸後期の狂歌師・大田南畝(蜀山人)が、うなぎ屋に頼まれて宣伝の歌を詠んだという説
- 春木屋善兵衛(はるきや ぜんべえ)説:神田の鰻屋・春木屋善兵衛が、土用の丑の日にうなぎを大量に焼いて売ったところ評判になったという説
- 丑の日の風習説:もともと「う」のつくものを食べる風習があり、そこにうなぎが自然に組み込まれていったという説
春木屋善兵衛の話には続きがあります。大量の注文を受けた善兵衛が、子(ね)・丑・寅(とら)の三日に分けて蒲焼を焼き、土甕に入れて保存したところ、丑の日に焼いたものだけが傷んでいなかった。この評判から丑の日の注文が増えた、という筋立てで語り継がれてきました。
蜀山人の狂歌の話は、天保10年(1839年)に成った『天保佳話』に書きとめられています。南畝が世を去ったあとの本にまとめられた話で、江戸の後半にはうなぎと丑の日の結びつきが読み物の題材になるほど広まっていたことがうかがえます。
どれが本当の起源かは確定していませんが、複数の説が伝わっていること自体が、この風習が江戸時代から広く親しまれていた証ともいえますね。
「う」のつく食べ物を食べる古来の風習
うなぎ習慣の背景には、もっと古くからの言い伝えがあります。「丑の日には『う』のつくものを食べると夏負けしない」という風習です。
古くは梅干し、うどん、瓜、馬肉(うま)などが食べられていました。「う」の音に験を担ぐ素朴な暮らしの知恵が、後に「うなぎ」へと結びついていったと考えられています。
音に願いを込める言葉遊びは、丑の日に限ったものではありません。正月のおせちや節句の料理にも同じ発想が息づいており、「う」の験担ぎもその一つとして受け継がれてきたものです。
ちなみに、うなぎや鮒を扱ってきた川魚の店から、いまでは定番になった別の名物が生まれた例もあります。

2026年の土用の丑の日はいつ?
日付が毎年動くのは、土用の入りが太陽の位置で決まるからです。夏の土用は太陽黄経が117度に達した日に始まり、立秋の前日で終わります。国立天文台が毎年2月に発表する暦要項で、その年の土用入りの日時が確定します。暦要項は官報にも掲載され、市販のカレンダーや暦の表記はこれをもとにしています。
2026年夏の土用の丑の日
2026年の夏の土用の期間は、7月20日(月)から8月6日(木)までの18日間です。このうち、丑の日にあたるのが7月26日(日曜日)。
2026年は二の丑がないため、夏のうなぎ商戦は7月26日の1日に集中します。ご家族でうなぎを楽しむ予定の方は、混雑を見越して早めに予約しておくと安心ですよ。
ちなみに2026年は、土用入りの7月20日が海の日(7月の第3月曜日)と重なります。土用の入りから丑の日まで一週間、しかも丑の日が日曜という並びなので、持ち帰りの予約枠は例年より早く埋まりやすいと見ておくとよさそうです。
一年の土用の丑の日(春・冬も)
夏以外の土用の丑の日も、参考までにまとめておきます。
| 季節 | 2026年の土用の丑の日 |
|---|---|
| 冬 | 1月27日(火) |
| 春 | 4月21日(火)/5月3日(日) |
| 夏 | 7月26日(日) |
| 秋 | 10月30日(金) |
春土用は「戌(い)の日」に「い」のつく食材、秋土用は「辰(た)の日」に「た」のつく食材、冬土用は「未(ひ)の日」に「ひ」のつく食材を食べると良いとされる地域もあります。季節ごとの違いを楽しむのも風流ですね。
夏以外の丑の日は、行事として意識される場面がほとんどありません。それでも暦の上では毎年きちんとめぐってきており、季節が入れ替わる合図として書き記されてきました。春・秋・冬まで含めた2026年の日付と回数は、土用の丑そのものを扱った記事に季節順で並べてあります。

土用の丑の日に食べる「うなぎ以外」の伝統食
うなぎが有名ですが、土用の丑の日に食べられてきた伝統的な食べ物はほかにもたくさんあります。価格高騰でうなぎが手に届きにくいと感じる方は、ぜひ知っておきたい選択肢ばかりですよ。
土用の行事食は、「う」の音に験を担いだものと、「土用〇〇」という名前で呼ばれてきたものに大きく分かれます。前者は丑の日そのものに結びつき、後者は土用という期間に結びついて広まりました。分け方を知っておくと、はじめて聞く行事食も位置づけがつかめます。
梅干し・うどん・瓜
「う」のつく食べ物の代表格が、梅干し・うどん・瓜(うり)です。いずれも夏バテ防止に役立つとされてきた、暮らしの知恵が詰まった食材たち。
- 梅干し:酸味のもとであるクエン酸を含み、夏の食卓に古くから親しまれてきた保存食
- うどん:消化が良く、食欲が落ちる夏でも喉を通りやすい
- 瓜(きゅうり・すいか・冬瓜など):水分が豊富で、体の熱をやわらげる夏野菜
どれも夏の食卓に取り入れやすいものばかり。うなぎが高くて手が出ないときも、これらの食材で「土用の丑の日」の風情を楽しむことができます。
梅干しやうどんが選ばれた決め手は、栄養ではなく音の縁起でした。「う」で始まる名前だから選ばれ、そのあとで「暑い時期に食べやすい」「保存がきく」といった納得の理由が重ねられていったのです。由来をたどると、験担ぎと暮らしの実感がゆるやかに結びついていく様子が見えてきます。
土用餅・土用しじみ・土用卵
- 土用餅:あんこで包んだお餅。関西地方を中心に、夏を乗り切る縁起物として親しまれています
- 土用しじみ:夏が旬の「土用しじみ」は、「土用しじみは腹薬」と言い伝えられてきた食材です
- 土用卵:土用の期間中に産まれた卵は栄養価が高いとされ、滋養食として食べられてきました
小豆の赤い色には厄をはらう力があるとされ、土用餅にあんこが使われる理由もそこにあると説明されてきました。江戸時代には土用の入りの日に食べる習わしとして記録されており、丑の日に限らず土用の期間全体の縁起物でした。しじみのほうは「土用しじみは腹薬」という言い回しが古くから知られています。
うなぎだけが行事食ではないことを知ると、土用の丑の日がより身近に感じられますね。お住まいの地域や家庭の好みに合わせて、無理なく取り入れてみてはいかがでしょう。
「土用」が名前につく言葉(土用干し・土用波)
食べ物のほかにも、「土用」を頭に置いた言葉が暮らしのなかに残っています。夏の土用が、一年の作業や気候の目印として使われてきた名残です。
- 土用干し:夏の土用の晴れた日を選んで、衣類や書物に風を通す虫干しのこと。漬けた梅を三日三晩ほど干す作業も同じ名前で呼ばれます
- 土用波:夏の土用のころ、遠くの台風から伝わって海岸に打ち寄せる高いうねりを指す言葉
- 土用入り・土用明け:土用の期間が始まる日と、明ける日を表す言い方
言葉が残っているということは、土用が単なる暦の区切りではなく、衣類を虫干しする日取りや海に出る判断まで左右する実用の目安だったということです。うなぎの日という一面だけを見ていると気づきにくい、土用のもう一つの顔といえます。
よくある質問
- 土用の丑の日は毎年同じ日ですか?
-
違います。土用の期間と十二支の組み合わせで決まるため、毎年日付が変わります。2026年は7月26日(日)です。前後1週間ほどの幅で動くので、前の年の日付をそのまま当てにすると外れてしまいます。
- なぜ夏の土用の丑の日だけが有名なのですか?
-
一年でもっとも暑さが厳しく夏バテしやすい時期に重なるため、栄養のある食事を取る習慣が定着しました。江戸時代にうなぎを食べる風習が広まったことも、知名度を高めた要因です。春・秋・冬にも丑の日はあり、暦には夏と同じように書かれています。うなぎ店の予約や特売が動くのは夏だけなので、日常で目にする機会に差が出るのです。
- うなぎ以外で土用の丑の日に食べると良いものは?
-
「う」のつく食べ物として、梅干し・うどん・瓜などが伝統的に親しまれてきました。土用餅・土用しじみ・土用卵などの行事食もあります。験担ぎが由来なので、いつもの献立にうどんを選び、梅干しを一粒添えるだけでも風習としては十分に成り立ちます。
- 2026年に二の丑はありますか?
-
ありません。2026年は夏の土用の期間中に丑の日が1回だけめぐってくる年で、7月26日(日)のみです。二の丑がある年とない年はどちらも珍しくなく、交互に近い形でめぐってきます。
- 平賀源内がうなぎを広めたというのは本当ですか?
-
もっとも有名な説ですが、確定した史実ではありません。蜀山人説や春木屋善兵衛説など、複数の起源説が伝えられています。史料からわかるのは「江戸時代の後半には習慣として根づいていた」というところまでで、誰が始めたのかは特定されていません。
まとめ|土用の丑の日の由来を知って季節を楽しむ
土用の丑の日は、陰陽五行説の「土用」と十二支の「丑の日」が重なった、季節の変わり目の節目です。うなぎを食べる習慣は江戸時代から広まり、現代の夏の風物詩として受け継がれています。
今回ご紹介した内容をおさらいしておきましょう。
- 「土用」は古代中国の陰陽五行説に由来する、季節の変わり目18日間のこと
- 「丑の日」は十二支で日を数えたときの「丑」にあたる日
- うなぎ習慣の起源は平賀源内説が有名だが、ほかにも複数の説がある
- もともとは「う」のつく食べ物を食べる風習があった
- うなぎと夏バテを結びつけた歌が、奈良時代の『万葉集』にすでにある
- 土用餅や土用干しなど、「土用」を頭に置いた食べ物・作業の言葉が各地に伝わる
- 2026年の夏の土用の丑の日は7月26日(日)で、二の丑はなし
成り立ちを押さえておくと、「土用は夏だけのもの」「丑の日は毎年同じ日付」といったよくある思い違いにも自然と気づけます。話のタネとしても、家族で食卓を囲むときの小さな会話のきっかけとしても使える知識です。
由来や意味を知ると、毎年なんとなく食卓に並んでいたうなぎや夏の食材が、ぐっと味わい深く感じられるはずです。今年の土用の丑の日は、ぜひ「なぜこの日にこれを食べるのか」を思い出しながら、季節の節目を楽しんでみてください。


