モノレール開業記念日は9月17日|由来は東京五輪前の羽田線開業

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カレンダーで「モノレール開業記念日」という名前を見かけて、どのモノレールのことだろうと気になった人もいるかもしれません。モノレールは全国にいくつもありますが、この記念日が指しているのは東京のある路線です。この記事では、記念日がいつなのか、なぜその日なのかをまず整理しました。あわせて、東京オリンピックを目前にした開業の背景、当時「高い」といわれた運賃の事情、跨座式と懸垂式のしくみの違い、いま日本で乗れるモノレールまでまとめています。結論からいうと、モノレール開業記念日は毎年9月17日。1964年のこの日に東京モノレールが浜松町〜羽田空港間で開業したことにちなんでいます。

モノレール開業記念日は毎年9月17日で固定。1964年(昭和39年)9月17日、東京モノレールがモノレール浜松町駅〜羽田駅(当時)の間で営業を始めた日です。

目次

モノレール開業記念日は9月17日|1964年に東京モノレールが開業した日

モノレール開業記念日は毎年9月17日です。語呂合わせではなく、実際に起きた出来事の日付をそのまま記念日にしたタイプなので、年によって日付が動くことはありません。その出来事が、1964年(昭和39年)9月17日の東京モノレール開業です。

記念日を紹介する資料では「東京モノレールが制定した」と書かれることもありますが、制定の経緯を詳しく示した公式の資料は見当たりません。ここでは、開業日にちなんだ記念日として紹介されている、という理解にとどめておきます。

項目内容
名称モノレール開業記念日
日付9月17日(毎年固定)
由来1964年9月17日の東京モノレール開業
開業区間モノレール浜松町駅〜羽田駅(当時)約13.1km
開業時の所要時間約15分(途中駅なし)
時代背景同年10月10日に東京オリンピックが開幕

浜松町〜羽田空港を途中駅なしで結んだ

開業したときの区間は、山手線の浜松町駅に隣接するモノレール浜松町駅から、羽田空港の旧ターミナルに近い羽田駅までの約13.1kmでした。いまの東京モノレールには10を超える駅がありますが、開業当初は途中駅がひとつもありませんでした。

乗ったら最後、終点まで止まらずに走る「空港直行便」のような路線だったわけです。都心と空港を早く確実に結ぶという目的が、そのまま路線の形にあらわれていたといえます。

東京オリンピック開幕の23日前という開業時期

1964年の東京オリンピックは10月10日に開幕しました。東京モノレールの開業は、その23日前にあたります。同じ年の10月1日には東海道新幹線も開業しており、大会に向けて東京の交通網が一気に整えられた時期でした。

海外から飛行機で訪れる選手や観客にとって、羽田空港は日本の玄関口です。その玄関口と都心をつなぐ新しい乗り物が、大会の直前に間に合わせる形で走り始めました。

「日本初のモノレール」とは少し意味が違う

東京モノレールは「日本初のモノレール」と紹介されることがありますが、厳密にはそれより前にもモノレールは存在しました。1957年(昭和32年)には、上野動物園の園内を結ぶ懸垂式の「上野懸垂線」が開業しています。愛知県の犬山にも、1962年に遊園地と動物園を結ぶモノレールが登場していました。

そのため東京モノレールは、「都市と空港を結ぶ本格的な交通機関として走ったモノレールの先駆け」と表現するのが実態に近いでしょう。なお上野懸垂線は2019年から運休し、その後廃止されています。

東京モノレールが作られた理由と開業当時のようす

東京モノレールが作られたいちばんの理由は、羽田空港と都心の行き来を渋滞から切り離すことでした。高度経済成長で飛行機の利用者も自動車も増え、道路だけに頼る空港アクセスが限界に近づいていたのです。

渋滞で1時間以上かかった空港アクセスが約15分に

当時、羽田空港から都心へはバスやタクシーで向かうのが一般的でした。道路が混むと1時間以上かかることもあり、飛行機の時間に間に合うかどうかが読みにくい状態だったといいます。

モノレールは道路の上空や運河沿いに高架の軌道を通すため、車の渋滞とは無関係に走れます。1963年5月に工事を始めてから約1年4か月で開業にこぎつけ、浜松町〜羽田を約15分で結びました。短い工期で用地の確保が比較的少なくてすむ点も、モノレールが選ばれた理由のひとつと考えられています。

片道250円は高かった?運賃の事情と直通バス

開業時の大人片道運賃は250円でした。いまの感覚では安く見えますが、当時の国鉄の初乗り運賃は10円ほどで、同じくらいの距離を国鉄で乗るよりもかなり割高だったとされています。

高くなった背景としてよく挙げられるのが、建設費を国の低金利の融資に頼れず、民間の金融機関からの借り入れでまかなった点です。一方で、銀座から羽田空港へは100円ほどで乗れる直通バスも走っていました。開業直後は物珍しさから休日ににぎわったものの、ふだんの利用は見込みほど伸びなかったと伝えられています。

運賃は時代とともに改定されています。現在の運賃は駅や東京モノレールの公式サイトで確認してください。浜松町〜羽田空港間は、2024年3月の改定で500円台になっています。

開業後に駅が増え、羽田空港の中へと延びていった

途中駅のなかった路線には、その後少しずつ駅が加わりました。翌1965年には大井競馬場前駅が開業し、1990年代には天王洲アイル駅ができて、沿線の再開発地区とも結ばれるようになります。

羽田空港そのものも沖合へ移転・拡張され、それに合わせて路線も空港のターミナルの近くまで延ばされました。現在は浜松町から羽田空港第2ターミナルまで約17.8kmを結び、空港利用者だけでなく、沿線に住む人や働く人の足にもなっています。2002年からはJR東日本のグループ会社として運行されています。

運河沿いの高架を走る水色系のモノレールと、奥に飛行機が見える空港の風景

モノレールとは|「跨座式」と「懸垂式」の違い

モノレールとは、1本の軌道(レール)を使って走る鉄道のことです。「モノ」は「ひとつ」を意味する言葉で、2本のレールの上を走る普通の鉄道と区別してこう呼ばれます。日本のモノレールは、車両と軌道の位置関係によって大きく2つの方式に分けられます。

方式車両と軌道の関係おもな路線の例
跨座式(こざしき)軌道の上にまたがって走る東京モノレール、大阪モノレール、多摩モノレール
懸垂式(けんすいしき)軌道からぶら下がって走る湘南モノレール、千葉都市モノレール

レールにまたがる跨座式

跨座式は、コンクリートなどでできた太い軌道の上に、車両が馬にまたがるような形で乗って走る方式です。東京モノレールもこの跨座式で、開業時にはドイツ生まれの技術をもとにした「アルヴェーグ式」が採用されました。

車輪にはゴムタイヤが使われ、軌道の側面をはさむ案内用の車輪で車体を安定させます。鉄の車輪とレールがこすれる音がしないため、比較的静かに走れるのが特徴です。車両の床下に軌道があるので、乗っていると景色が大きく開けて見えます。

レールにぶら下がる懸垂式

懸垂式は、頭上の軌道から車両が吊り下がる形で走る方式です。軌道の中に車輪が収まっていて、車両はその下で揺れながら進みます。日本では湘南モノレールや千葉都市モノレールがこの方式で、フランスで開発された「サフェージュ式」をもとにしています。

車輪が軌道の中に隠れるため雨や雪の影響を受けにくいとされ、足元に何もない高いところを進むので、空中を飛んでいるような感覚を味わえます。坂道やカーブの多い地形でも走りやすく、丘陵地の住宅街を結ぶ路線にも使われてきました。

見分け方はかんたん。車両が軌道の「上」に乗っていれば跨座式、軌道の「下」にぶら下がっていれば懸垂式です。

日本で乗れるモノレール路線

東京モノレールの開業から60年あまりがたち、モノレールは全国の都市交通に広がりました。通勤や通学、空港や観光地へのアクセスなど、役割は路線ごとにさまざまです。ここでは、2026年時点で一般の乗客が利用できるおもな路線をまとめました。

路線(通称)地域方式特徴
東京モノレール東京都跨座式浜松町と羽田空港を結ぶ空港アクセス路線
多摩都市モノレール東京都跨座式多摩地域を南北に結ぶ
ディズニーリゾートライン千葉県跨座式東京ディズニーリゾート内を循環
湘南モノレール神奈川県懸垂式大船と湘南江の島を結ぶ
千葉都市モノレール千葉県懸垂式懸垂式として長い営業距離をもつ
大阪モノレール大阪府跨座式大阪空港(伊丹)と周辺都市を結ぶ
北九州モノレール福岡県跨座式小倉と市南部を結ぶ
沖縄都市モノレール(ゆいレール)沖縄県跨座式那覇空港と市街地、浦添方面を結ぶ

表を見ると、跨座式の路線が多数派であることがわかります。空港と結ばれている路線も東京・大阪・沖縄と複数あり、東京モノレールが示した「空港アクセスとしてのモノレール」という使われ方が、ほかの都市にも受け継がれているのが見てとれます。

一方で、役目を終えたモノレールもあります。先ほどの上野懸垂線のほか、広島の住宅地を結んでいた「スカイレール」も2024年に営業を終えました。路線の延伸や廃止は今後も起こりうるので、出かける前には各社の公式情報を確認すると安心です。

モノレール開業記念日の楽しみ方

モノレール開業記念日に決まった行事や風習はありません。だからこそ、実際にモノレールに乗って、ふだんと違う高さから街を眺めてみるのがいちばん身近な楽しみ方です。9月半ばは夏の暑さが少しやわらぎ、出かけやすくなる時期でもあります。

東京モノレールで羽田空港へ行ってみる

首都圏に住んでいるなら、記念日の由来になった東京モノレールに乗ってみるのがおすすめです。浜松町を出ると、高層ビルの間を抜けたあと、運河や倉庫街、東京湾に近い水辺の景色が続きます。空港が近づくと、離着陸する飛行機が見えることもあります。

飛行機に乗る予定がなくても、羽田空港の展望デッキで飛行機を眺めたり、ターミナル内で食事をしたりと、空港そのものを目的地にする楽しみ方もあります。開業当時の人たちが「15分で空港へ行ける」と驚いた道のりを、窓の外の景色と一緒にたどってみてください。

モノレールの窓から見える、水辺と街並みが広がる明るい車窓の風景

地元のモノレールに乗ってみる

東京以外に住んでいる人は、近くのモノレールに目を向けてみましょう。跨座式か懸垂式かを意識して乗るだけでも、いつもの路線が少し違って見えてきます。先頭車両に乗れば、1本の軌道が前へ延びていく様子を眺められる路線もあります。

  • 車両が軌道の上か下か、方式を確かめてみる
  • ゴムタイヤならではの走行音や、カーブでの揺れ方を感じてみる
  • 一日乗車券がある路線なら、途中駅で降りて沿線を散歩してみる
  • 子どもと一緒に、窓から見えた建物や川を地図で探してみる

乗り物にちなんだ記念日はほかにもあります。電車の日のように、同じ名前でも由来の違う日が複数ある記念日もあるので、あわせて知っておくと話のタネになります。

日付そのものに目を向けると、同じ9月には出来事の日付をそのまま記念日にした日がほかにもあります。2日後の9月19日は苗字の日。明治3年に、平民も苗字を名乗ってよいとする布告が出された日です。

モノレール開業記念日についてよくある質問

モノレール開業記念日は毎年同じ日付ですか

はい、毎年9月17日で固定です。1964年9月17日に東京モノレールが開業した日にちなんでいるため、年によって日付が変わることはありません。

東京モノレールは日本で最初のモノレールですか

最初ではありません。1957年に上野動物園の上野懸垂線が開業しています。東京モノレールは、都市と空港を結ぶ本格的な交通機関としてのモノレールの先駆けと考えるとわかりやすいでしょう。

なぜ東京オリンピックの前に開業したのですか

海外から多くの人が羽田空港に到着することが見込まれ、渋滞しやすい道路に代わる空港アクセスが求められていたためです。開業は大会開幕の23日前でした。

開業当時の運賃はいくらでしたか

浜松町〜羽田の大人片道で250円でした。当時の国鉄の運賃と比べるとかなり高く、割高な運賃が利用者数の伸び悩みにつながったとされています。

跨座式と懸垂式はどちらが多いですか

現在の日本では跨座式が多数派です。懸垂式で営業している代表的な路線は、湘南モノレールと千葉都市モノレールです。

まとめ|9月17日は空港アクセスの新しい時代が始まった日

モノレール開業記念日は、1964年9月17日に東京モノレールが浜松町〜羽田間で開業したことにちなむ記念日です。東京オリンピックを目前に、渋滞に左右されない空港アクセスとして生まれ、途中駅なし・約15分で都心と空港を結びました。

開業時の運賃は割高で、はじめから順調だったわけではありません。それでも駅が増え、空港の拡張に合わせて路線が延び、いまでは多くの人の日常の足になっています。モノレールそのものも、跨座式と懸垂式の2つの方式で全国に広がりました。

モノレール開業記念日は毎年9月17日。1964年に東京モノレールが開業した日で、東京オリンピック開幕の23日前でした。この日は近くのモノレールに乗って、いつもより高い場所から街を眺めてみてはいかがでしょうか。

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