カレンダーをめくると、7月21日に「神前結婚式の日」と書かれていることがあります。あまり聞き慣れない記念日ですが、実は日本の結婚式のかたちが大きく変わった日なのです。
白無垢に角隠し、神社の境内をゆっくり進む花嫁行列。今では和婚の定番となったこの光景も、たどっていくと明治時代のある一日にたどり着きます。
この記事では、7月21日が神前結婚式の日になった理由と、その由来にまつわる明治の出来事、そして現代の神前式の流れまでをまとめました。
7月21日は「神前結婚式の日」|どんな記念日?
7月21日は、日本で初めて一般の人に向けた神前結婚式が行われた日にちなむ記念日です。神社で挙げる結婚式の出発点となった日、といいかえてもよいでしょう。

記念日として登録されたのは2023年
「神前結婚式の日」が一般社団法人・日本記念日協会によって認定・登録されたのは、2023年(令和5年)のことです。出来事そのものは明治時代にさかのぼりますが、記念日としての歴史はまだ浅いといえます。
そのため、古くからある「七夕」や「お盆」のように広く知られているわけではありません。カレンダーやニュースサイトで初めて目にした、という方も多いはずです。

7月21日って、夏休みが始まるころという印象しかありませんでした。
なぜ7月21日なのか
日付の根拠になっているのは、1901年(明治34年)7月21日という一日です。この日、東京の日比谷大神宮(現在の東京大神宮)で、神社としては初となる一般の人向けの神前結婚式が執り行われました。
それまで神前で結婚の儀式を行うのは、皇室など限られた場だけのものでした。一般の人が神社で式を挙げられるようになった最初の日、という意味で7月21日が選ばれています。
1901年(明治34年)7月21日、日比谷大神宮(現・東京大神宮)で神社初の一般向け神前結婚式が行われたことにちなみます。2023年に日本記念日協会が認定・登録しました。
神前結婚式の日の由来|明治時代の2つの出来事
神前結婚式が広まった背景には、明治時代に起きた2つの出来事があります。皇室の御婚儀と、その翌年に行われた一般向けの結婚式です。この2つがつながって、今の和婚のかたちができあがりました。
明治33年・皇太子の御婚儀が神前で行われた
きっかけは1900年(明治33年)5月10日にさかのぼります。当時皇太子であった大正天皇の御結婚の礼が、皇居内の賢所(かしこどころ)の御神前で執り行われました。皇室において神前で婚儀が行われたのは、このときが初めてとされています。
この御婚儀は当時の新聞などでも大きく取り上げられました。神様の前で夫婦の誓いを立てるという儀式のかたちが、多くの人の目に触れることになったのです。
明治34年7月21日・日比谷大神宮で一般向け第1号
皇室の御婚儀に人々の関心が高まるなか、翌1901年(明治34年)7月21日、日比谷大神宮が一般の人に向けた神前結婚式を執り行いました。宮中の婚礼の作法を参考にしながら、一般の人でも行えるようにアレンジしたものです。
この式で整えられた作法が、現在の神前結婚式の原型になったといわれています。三三九度の盃や玉串拝礼といった、今も受け継がれている所作の多くはこのときに形づくられました。
当時は「模擬結婚式」で広めた
興味深いのは、日比谷大神宮が神前結婚式を世に広めるために行った工夫です。新聞記者や大臣といった人々を招き、模擬結婚式を実演してみせるという方法をとりました。
今でいえば、記者発表会や体験会のようなものでしょうか。新しい様式をいきなり受け入れてもらうのは難しいと考え、実際に見てもらう場をつくったわけです。この取り組みが功を奏し、神前結婚式は少しずつ全国へ広がっていきました。



明治の神社がPR活動をしていたなんて、ちょっと意外ですね。
神前結婚式が始まる前、日本人はどこで式を挙げていた?
神前結婚式が登場する以前、日本の結婚式は神社ではなく家で行うのが一般的でした。「結婚式=どこかの式場や神社で挙げるもの」という感覚は、実はそれほど古いものではありません。


主流は新郎の自宅での「祝言」
明治のはじめごろまで、庶民の結婚式は新郎の自宅で行う「祝言(しゅうげん)」が中心でした。座敷に親族や近所の人が集まり、盃を交わして夫婦の縁を結びます。
参列するのは基本的に身内と近隣の人たちです。宗教的な儀式というより、地域の共同体に新しい夫婦を紹介する場という性格が強いものでした。仲人が大きな役割を果たしたのも、この時代の特徴です。
明治以降に「神社で挙げる」が定着した理由
自宅での祝言から神社での式へと移り変わった背景には、いくつかの事情が重なっています。都市に人が集まり、広い座敷を持つ家が減ったこともそのひとつです。
加えて、皇室の御婚儀をきっかけに神前での儀式が注目を集めたこと、そして日比谷大神宮が実際に一般向けの式を用意したことが決め手になりました。受け皿ができたことで、関心が実際の利用へとつながったわけです。
- 明治前半まで:新郎の自宅で行う「祝言」が主流
- 明治33年:皇太子の御婚儀が賢所の御神前で行われる
- 明治34年:日比谷大神宮で一般向けの神前結婚式が始まる
- 大正〜昭和:神社やホテルでの挙式が全国へ広がる
現代の神前結婚式の流れ
現在の神前結婚式は、おおよそ30分前後で進行するのが一般的です。神社によって細かな違いはありますが、基本の流れは共通しています。明治のころに整えられた作法が、今も受け継がれていることがわかります。
斎主や巫女に先導され、新郎新婦と親族が列をつくって社殿へ向かいます。花嫁行列とも呼ばれ、境内を進む姿は神前式ならではの見どころです。
お祓いを受けて心身を清めます。参列者も起立して頭を下げるのが作法です。
斎主が神様に二人の結婚を報告し、末永い幸せを祈る祝詞を読み上げます。
大中小3つの盃で新郎新婦が交互にお神酒をいただきます。いわゆる「三三九度」で、夫婦の永遠の契りを表す所作です。
新郎新婦が神前に進み、夫婦としての誓いの言葉を読み上げます。
榊の枝に紙垂をつけた玉串を神前に捧げ、二礼二拍手一礼で拝礼します。
結婚指輪を交換します。もともとは神前式になかった所作で、近年になって取り入れられたものです。
両家の親族がそろってお神酒をいただき、親族同士の結びつきを確かめて式を締めくくります。
神前式・教会式・人前式の違い
結婚式のスタイルは大きく3つに分かれます。それぞれ誓いを立てる相手と雰囲気が異なるため、比較して選ぶ方が多いようです。
| 形式 | 誓いを立てる相手 | 主な会場 | 参列者 |
|---|---|---|---|
| 神前式 | 神様と両家の先祖 | 神社・ホテルの神殿 | 親族中心(神社により友人も可) |
| 教会式 | 神(キリスト教) | 教会・チャペル | 親族・友人 |
| 人前式 | 参列者全員 | 会場を選ばない | 親族・友人 |
神前結婚式の日にまつわるよくある質問
- 神前結婚式の日は、7月21日以外にもありますか?
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日本記念日協会が認定・登録している「神前結婚式の日」は7月21日です。ほかに「いい夫婦の日」(11月22日)など結婚にまつわる記念日は複数ありますが、神前式に直接ちなむのは7月21日になります。
- 神前結婚式の日に式を挙げると縁起がよいのですか?
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記念日そのものに吉凶の意味づけはありません。日取りを気にする場合は、六曜の大安や友引を目安にする方が多いようです。
- 東京大神宮以外の神社でも神前結婚式は挙げられますか?
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挙げられます。全国の多くの神社が挙式を受け付けており、ホテルや式場の中に神殿を設けているところもあります。対応の有無や条件は神社ごとに異なるため、直接確認するのが確実です。
- 神前式に友人は参列できませんか?
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神社によります。社殿の広さの都合で親族のみとしている場合もあれば、友人の参列を受け入れている場合もあります。人数の上限とあわせて事前に問い合わせておくと安心です。
- 神前結婚式の所要時間はどれくらいですか?
-
挙式そのものは30分前後が目安です。着付けやヘアメイク、記念撮影を含めると、半日ほどみておくとゆとりがあります。
日取りの目安になる六曜については、こちらの記事で詳しくまとめています。


まとめ
7月21日の「神前結婚式の日」は、1901年(明治34年)のこの日に日比谷大神宮(現・東京大神宮)が神社初の一般向け神前結婚式を執り行ったことにちなむ記念日です。2023年に日本記念日協会によって認定・登録されました。
その前年には、皇太子(後の大正天皇)の御婚儀が賢所の御神前で行われています。この2つの出来事が重なったことで、それまで自宅の座敷で行われていた祝言から、神社で挙げる結婚式へと流れが移っていきました。
白無垢や三三九度といった今おなじみの光景は、明治のある一日から始まった比較的新しい伝統です。7月21日にカレンダーでこの記念日を見かけたら、その百二十余年の歩みを少しだけ思い出してみてください。





















