8月24日のカレンダーに「愛酒の日」という記念日を見つけて、どんな由来なのだろうと気になった方も多いのではないでしょうか。名前だけを見ると、お酒の業界団体が決めた日のようにも思えます。
この記事では、愛酒の日の日付と由来、名前のもとになった歌人・若山牧水の生涯、牧水が残した酒の歌、そして「一日一升」と伝わる逸話までをまとめます。お酒を飲まない方の過ごし方や、お酒にまつわるほかの記念日も整理しました。
先に結論をお伝えすると、愛酒の日は8月24日です。酒をこよなく愛した歌人・若山牧水が1885年(明治18年)のこの日に生まれたことにちなみます。企業や団体の語呂合わせではなく、ひとりの歌人の誕生日が日付の理由になっている、少し変わった記念日です。
愛酒の日は8月24日|歌人・若山牧水の誕生日が由来
愛酒の日は8月24日です。日付の理由は、歌人の若山牧水(わかやまぼくすい)がこの日に生まれたこと。牧水は生涯を通じて酒を愛し、酒を詠んだ歌をいくつも残した歌人として知られています。
記念日としての基本情報を整理すると、次のとおりです。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 日付 | 8月24日 |
| 由来 | 歌人・若山牧水の誕生日(1885年8月24日) |
| ゆかりの人物 | 若山牧水(1885〜1928年)。旅と自然と酒を詠んだ歌人 |
| 制定者 | はっきりしていない(諸資料でも由来の説明にとどまる) |
| 読み方 | あいしゅのひ |
記念日の多くは「8(ハ)」「2(ブ)」のような語呂合わせで日付が決まります。愛酒の日はその型に当てはまらず、人物の誕生日をそのまま記念日にした形です。それだけ牧水と酒の結びつきが強く記憶されている、ということでもあります。
愛酒の日は8月24日。酒を詠み続けた歌人・若山牧水の誕生日が、そのまま記念日の日付になっています。
由来は1885年8月24日生まれの若山牧水
若山牧水が生まれたのは、1885年(明治18年)8月24日。宮崎県東臼杵郡東郷村坪谷(つぼたに、現在の日向市)の山あいの村でした。父は村で医業を営む若山立蔵で、牧水は跡取りの長男として育ちます。
本名は若山繁(しげる)。医師の家に生まれながら文学に進み、早稲田大学英文科に学びました。在学中から歌を発表し、卒業の年にあたる1908年(明治41年)に第一歌集『海の声』を出しています。
その後は歌人として旅を重ね、酒を友としながら作品を残しました。43年という短い生涯で詠んだ歌はおよそ9,000首にのぼるとされ、そのうち酒を題材にしたものが数百首を占めるといわれています。「酒の歌人」という呼び名が生まれたゆえんです。

制定した団体ははっきりしていない
愛酒の日は、制定者や制定年が明確に伝わっていない記念日です。多くの資料は「若山牧水の誕生日にちなむ」と由来を説明するにとどまり、どの団体がいつ定めたかまでは記していません。
記念日には、一般社団法人日本記念日協会に登録されて日付と趣旨がはっきり管理されているものと、いつからか広まって定着したものの2種類があります。愛酒の日は後者にあたると考えられ、酒造メーカーや飲食店が季節の話題として取り上げるうちに、暦のうえで名前が知られていったとみられます。
制定の経緯がわからない以上、「こう祝わなければならない」という決まりもありません。牧水の歌を読む日にしてもよいし、日本酒の産地に思いを向ける日にしてもかまわない。解釈に幅がある点が、この記念日の気楽なところです。
8月24日はほかにもこんな記念日がある
8月24日には、愛酒の日のほかにもいくつかの記念日が重なっています。並べてみると、由来の決まり方がそれぞれ違うことがよくわかります。
| 名称 | 由来 |
|---|---|
| 愛酒の日 | 歌人・若山牧水の誕生日(1885年8月24日) |
| 歯ブラシの日 | 「ハ(8)ブ(2)ラシ(4)」の語呂合わせ |
| ドレッシングの日 | カレンダーで「野菜の日」(8月31日)の真上にくる日 |
| バニラヨーグルトの日 | 「バ(8)ニ(2)ラヨ(4)ーグルト」の語呂合わせ |
| ラグビーの日 | 1823年8月24日にラグビー発祥の逸話が生まれたとされること |
語呂合わせ、カレンダーの並び、発売日、発祥の逸話と、決め方は実にさまざまです。そのなかで愛酒の日だけが「人物の誕生日」を理由にしています。同じ8月24日の記念日は、次の記事でも詳しく取り上げています。

若山牧水はどんな歌人だったのか
愛酒の日を知るうえで欠かせないのが、牧水その人の輪郭です。酒好きの逸話ばかりが有名ですが、実際には旅と自然を詠み続けた近代短歌の代表的な歌人で、教科書に載る歌も残しています。
宮崎の山あいに生まれ、43年で約9,000首を残す
牧水が育った坪谷は、耳川の支流沿いに開けた山あいの土地です。川と山に囲まれた景色のなかで少年期を過ごしたことが、のちの自然詠の下地になったといわれます。生家は現在も残り、宮崎県の史跡に指定されています。
上京して早稲田大学に学んだのち、歌人として本格的に歩み出します。同時期には北原白秋らと親交を結び、若い世代の歌人として頭角を現しました。歌誌『創作』を主宰し、後進を育てる立場にもなっています。
生涯に詠んだ歌は約9,000首とされ、歌集は生前だけで十数冊にのぼります。43歳で亡くなったことを考えると、驚くほどの多作です。旅先で歌を詠み、紀行文を書き、それを収入に変えながら暮らすという生き方を貫きました。
号「牧水」は母の名と故郷の水から
「牧水」という号には、由来が伝わっています。「牧」は母マキの名から、「水」は生まれ育った坪谷を流れる川の水から取ったとされるものです。もっとも愛したふたつのものを一字ずつ組み合わせた、と説明されます。
号の成り立ちを知ってから歌を読み直すと、水の描写の多さに気づきます。川、海、雨、そして酒。液体に向けられたまなざしが一貫していて、号そのものが作品世界の要約になっているようにも見えます。
ちなみに晩年の8年間は静岡県沼津市で過ごし、千本松原のそばに居を構えました。松林の伐採計画に反対する運動に加わったことでも知られ、沼津市には牧水の資料を集めた記念館があります。生まれた日向市には若山牧水記念文学館があり、ゆかりの地が南北に分かれている歌人です。
旅と自然を詠んだ代表歌
牧水の名を広く知らしめたのは、酒の歌よりもむしろ旅の歌でした。第一歌集『海の声』に収められた次の一首は、教科書でも取り上げられる代表作です。
幾山河越えさり行かば寂しさの終てなむ国ぞ今日も旅ゆく
いくつの山や川を越えていけば、寂しさの果てる国にたどり着けるのだろう——そう問いながら、今日もまた旅を続ける。若さゆえの孤独が、地理的な広がりに重ねて詠まれています。
もう一首、白鳥を詠んだ歌もよく知られています。
白鳥はかなしからずや空の青海のあをにも染まずただよふ
空の青にも海の青にも染まらず、白いまま漂う鳥。周囲に溶け込めない存在への共感が、たった31文字に収められています。牧水の歌が今も読まれ続けるのは、こうした孤独の描き方が古びないからでしょう。
牧水が詠んだ「酒の歌」を味わう
愛酒の日の中心にあるのは、やはり酒を詠んだ歌です。牧水の酒の歌は、酔いの勢いを描いたものより、静かに味わう時間を描いたものに名歌が多いといわれます。代表的な二首を見てみましょう。
白玉の歯にしみとほる秋の夜の酒はしづかに飲むべかりけり
白玉の歯にしみとほる秋の夜の酒はしづかに飲むべかりけり
1911年(明治44年)刊の歌集『路上』に収められた一首で、牧水の酒の歌としてもっとも有名な作品です。冒頭の「白玉の」は「歯」を導く枕詞で、白く美しい玉のイメージが歯に重なります。
意味を追えば、「秋の夜、歯にしみとおるほど冷えた酒は、静かに飲むべきものだ」となります。にぎやかに酌み交わす酒ではなく、ひとりで味わう酒。愛酒の日に引かれることが多いのも、この落ち着いた姿勢が理由でしょう。
「人の世に楽しみ多し然れども……」
人の世に楽しみ多し然れども酒なしにしてなんの楽しみ
こちらは一転して、酒への愛着をまっすぐに言い切った歌です。世の中には楽しみがたくさんある、けれども酒がなければ何の楽しみがあろうか——理屈も飾りもない、率直な一首です。
牧水の酒の歌には、こうした素直な調子のものと、先の「白玉の」のように静けさをたたえたものが混在しています。同じ題材を、気分の振れ幅ごと歌に残したところに人柄がにじみます。
酒を詠んだ歌は数百首にのぼるとされる
牧水が酒を詠んだ歌の数は、資料によって幅がありますが、およそ200首から300首とされています。全体で約9,000首ですから、割合としては数パーセントです。それでも「酒の歌人」と呼ばれるのは、印象に残る歌が多いからにほかなりません。
牧水は歌だけでなく随筆でも酒について書いており、青空文庫では「樹木とその葉」に収められた酒にまつわる文章を無料で読むことができます。歌より少しくだけた筆致で、酒との付き合い方を自ら振り返っています。
短い詩型に季節や心情を託すという点では、俳句とも通じるところがあります。同じ8月には俳句にちなむ記念日もあり、あわせて読むと日本の短詩の広がりが見えてきます。

「一日一升」の逸話と43歳での死
牧水を語るとき、必ずといっていいほど持ち出されるのが酒量の逸話です。愛酒の日の紹介文にも添えられることが多いのですが、そのまま真似したい話ではありません。事実として伝わっている範囲を確認しておきます。
一日一升といわれた酒量
牧水は一日に一升ほどの酒を飲んだと伝えられています。一升は1.8リットル、日本酒の一合(180ミリリットル)に換算すると10合です。朝から飲むこともあったといわれ、旅先でも酒は欠かさなかったとされます。
これがどのくらいの量かというと、アルコール度数15パーセントの日本酒一升に含まれる純アルコールは、おおよそ216グラムにあたります。厚生労働省が2024年(令和6年)2月に公表した「健康に配慮した飲酒に関するガイドライン」では、生活習慣病のリスクを高める飲酒量として、1日あたりの純アルコール量が男性で40グラム以上、女性で20グラム以上と示されています。
数字を並べれば、逸話の酒量が現在の目安を大きく上回ることは明らかです。牧水の飲み方は歌人の生き方の一部として語られてきたものであって、健康的な習慣として紹介されているわけではありません。
昭和3年9月17日、沼津で亡くなる
牧水が亡くなったのは1928年(昭和3年)9月17日、静岡県沼津市の自宅でした。43歳。死因は肝硬変とされ、長年の飲酒との関わりが指摘されています。
この最期には、よく知られた逸話が添えられています。9月半ばの残暑のなかで亡くなったにもかかわらず、遺体がしばらく腐敗の兆しを見せず、「生きながらアルコール漬けになっていたのではないか」と周囲を驚かせた、というものです。
ただし、これは当時の伝聞として広まった話で、医学的に裏づけられたものではありません。実際にアルコールが遺体の状態にそこまで影響するとも考えにくく、牧水の酒豪ぶりを印象づけるエピソードとして語り継がれてきた、と受け取るのが妥当でしょう。

逸話は逸話として受け取る
愛酒の日は、たくさん飲むことをすすめる日ではありません。牧水が残したのは酒量の記録ではなく、酒を飲む時間をどう味わうかを言葉にした歌のほうです。「しづかに飲むべかりけり」という一句が、いちばん牧水らしい教えだといえます。
お酒を楽しむ日にするなら、量ではなく時間の質に目を向けたいところです。器を選ぶ、つまみを一品だけ丁寧に作る、外の音を聞きながら飲む。牧水の歌が描いているのは、そういう静かな時間でした。
愛酒の日にやってみたい3つのこと
制定者も決まりごともない記念日なので、過ごし方は自由です。とはいえ「何をすればいいのか」があると動きやすいので、牧水にちなんだ楽しみ方を3つ挙げてみます。
牧水の歌を一首、声に出して読む
短歌は目で追うより、声に出したほうが良さが伝わります。「しらたまの/はにしみとほる/あきのよの/さけはしづかに/のむべかりけり」と五七五七七で区切って読むと、音の運びが体に入ってきます。
牧水の作品は著作権の保護期間が終わっており、青空文庫などで無料で読めます。歌集をまるごと読むのは大変でも、一首だけなら1分もかかりません。愛酒の日は、その1分を作る口実になります。
気に入った歌が見つかったら、手帳やメモアプリに書き写しておくと、季節が巡ってきたときに読み返せます。牧水は秋の歌を多く残しているので、8月下旬から秋にかけては特に響く一首に出会いやすい時期です。
地元の酒を「しづかに」味わう
お酒を飲む方なら、いつもより一段ゆっくり味わう日にしてみてはどうでしょう。牧水は旅先の酒を好んだ人でもあり、土地ごとの酒に触れることは牧水の楽しみ方に近いといえます。
牧水にちなむなら、生まれ故郷の宮崎か、晩年を過ごした静岡の酒を選ぶという手もあります。宮崎は焼酎の産地として知られ、静岡は日本酒の蔵が点在する土地です。どちらもゆかりの地の味ということになります。
器を変えるだけでも味わい方は変わります。ぐい呑み、平盃、ガラスの冷酒器。同じ酒を違う器で少しずつ飲み比べると、香りの立ち方の違いに気づけます。量を増やさずに楽しみを増やす方法です。
飲まない人の楽しみ方もある
愛酒の日は「酒を愛する」日であって、「酒を飲む」日と決まっているわけではありません。飲まない人・飲めない人にも、楽しみ方はいくつもあります。
- ノンアルコール飲料や甘酒を、酒器に注いで味わってみる
- 酒蔵の見学や、酒器・ガラス工芸の展示を調べてみる
- 牧水の紀行文を読んで、旅の描写をたどる
- 日向市の若山牧水記念文学館や、沼津市の記念館の情報を見てみる
- 酒にまつわる言葉(酒の肴、独酌、晩酌)の語源を調べる
甘酒は米と麹から作られる種類ならアルコールをほとんど含まず、酒粕から作る種類には微量のアルコールが残ります。子どもと一緒に楽しむなら、原材料の表示を確認してから選ぶと安心です。
お酒にまつわる記念日カレンダー
お酒に関する記念日は、愛酒の日だけではありません。1年のあちこちに置かれていて、由来もさまざまです。主なものを並べてみます。
| 日付 | 名称 | 由来 |
|---|---|---|
| 1月20日ごろ | 甘酒の日 | 二十四節気の大寒にあたる日。寒い時期の甘酒にちなむ |
| 6月11日ごろ | 梅酒の日 | 入梅の日。梅仕事の季節の始まりにちなむ |
| 8月4日 | ビヤホールの日 | 1899年8月4日に日本初のビヤホールが開店したこと |
| 8月24日 | 愛酒の日 | 歌人・若山牧水の誕生日 |
| 10月1日 | 日本酒の日 | 酒造年度の始まりが10月だったことにちなむ |
| 11月1日 | 本格焼酎・泡盛の日 | その年の新酒ができあがる時期にあたること |
| 毎月20日 | ワインの日 | フランス語の「vin(ヴァン)」と「20」の語呂合わせ |
こうして見ると、酒の記念日には「作る側の暦」に由来するものが多いことがわかります。日本酒の日も焼酎・泡盛の日も、仕込みや新酒の時期という生産のリズムが日付の理由です。
そのなかで愛酒の日は、飲む側——それも一人の愛飲家の誕生日に立っています。作り手ではなく味わう人に光を当てた記念日という点で、性格の違う一日だといえます。8月のほかの行事や記念日は、次の記事にまとめています。

愛酒の日についてよくある質問
- 愛酒の日は何月何日ですか?
-
8月24日です。歌人・若山牧水が1885年(明治18年)8月24日に生まれたことにちなみます。読み方は「あいしゅのひ」です。
- 愛酒の日は誰が制定したのですか?
-
制定者や制定年ははっきり伝わっていません。多くの資料は「若山牧水の誕生日にちなむ」と由来を説明するにとどまっています。日付と趣旨が管理されている登録制の記念日ではなく、広まって定着したタイプの記念日とみられます。
- 若山牧水はどんな人ですか?
-
1885年に宮崎県東臼杵郡東郷村坪谷(現・日向市)に生まれた歌人です。早稲田大学英文科に学び、旅と自然と酒を詠み続けました。生涯に約9,000首を残し、1928年(昭和3年)9月17日に43歳で亡くなっています。
- 牧水の酒の歌でいちばん有名なものは?
-
「白玉の歯にしみとほる秋の夜の酒はしづかに飲むべかりけり」です。1911年(明治44年)刊の歌集『路上』に収められています。結句は「飲むべかりけれ」と表記されることもあります。
- 牧水は本当に一日一升飲んだのですか?
-
一日一升ほど飲んだと伝えられていますが、日々の記録が残っているわけではなく、逸話として語り継がれてきたものです。一升は1.8リットルで、日本酒なら10合にあたります。現在の飲酒量の目安を大きく上回る量であり、真似をすすめられる話ではありません。
- 8月24日はほかに何の日ですか?
-
歯ブラシの日、ドレッシングの日、バニラヨーグルトの日、ラグビーの日などがあります。歯ブラシの日は「ハ(8)ブ(2)ラシ(4)」の語呂合わせ、ドレッシングの日はカレンダーで「野菜の日」(8月31日)の真上にくることが由来です。
- お酒を飲まなくても楽しめますか?
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楽しめます。愛酒の日は飲酒をすすめる日ではなく、牧水の歌を読む、酒器を眺める、甘酒やノンアルコール飲料を器で味わうといった過ごし方ができます。20歳未満の飲酒は法律で禁じられています。
まとめ
愛酒の日は8月24日。歌人・若山牧水が1885年のこの日に生まれたことに由来する記念日です。制定した団体や制定年ははっきりしておらず、牧水と酒の結びつきが語り継がれるなかで定着してきた一日だと考えられます。
牧水は宮崎の山あいに生まれ、旅と自然を詠みながら約9,000首を残しました。「白玉の歯にしみとほる秋の夜の酒はしづかに飲むべかりけり」に代表される酒の歌は、量ではなく味わう時間を描いています。一日一升の逸話や43歳での死は、あくまで人物像を伝えるエピソードとして受け取っておきたいところです。
8月24日は愛酒の日。牧水の歌を一首読んで、いつもより少しだけ静かな時間を作る——そんな過ごし方が、この記念日にはよく似合います。
8月下旬は夏の終わりと秋の入り口が重なる時期です。同じ8月の記念日をたどってみると、季節の移り変わりが暦の上でも見えてきます。

同じ8月下旬には、一本の映画がきっかけで生まれた食べ物の記念日もあります。

