豪徳寺の招き猫の由来とは?伝説と「招福猫児」の意味を解説

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猫がずらりと並ぶ写真で知られる豪徳寺(ごうとくじ)ですが、なぜ猫なのか、なぜ小判を持っていないのかまでは意外と知られていません。参拝の予定を立てていても、由来を知らないまま行くのは少しもったいない気がします。

この記事では、豪徳寺の招き猫が生まれた井伊直孝の伝説、寺での呼び名である「招福猫児」の意味、右手・左手や色の縁起、参拝と授与所の基本情報までを順に解説します。

先に要点だけお伝えすると、豪徳寺の猫は寺に伝わる一匹の白猫の逸話に由来し、定番の小判をあえて持たない姿が最大の特徴です。招くのは福そのものではなく、人と人を結ぶきっかけだと説明されています。

目次

豪徳寺の招き猫とは?まずは結論から

豪徳寺(ごうとくじ)は、東京都世田谷区にある曹洞宗のお寺です。数ある招き猫スポットのなかでも、招き猫発祥の地のひとつとして広く知られています。

境内の奉納所には、大小さまざまな招き猫がずらりと並びます。その光景は写真映えすることでも有名で、猫好きや御朱印めぐりの人が全国から訪れる名所になりました。

豪徳寺の招き猫は、一匹の白猫が大名を手招きしたという言い伝えから生まれました。お金そのものより「ご縁」を大切にする教えが込められています。

招き猫発祥の地として知られる世田谷のお寺

招き猫の発祥には複数の説があり、豪徳寺はそのなかでも代表的な一つとされています。後ほど紹介する井伊直孝(いい なおたか)の伝説が、発祥の由来として語り継がれてきました。

発祥の地を名乗る場所は豪徳寺だけではありません。台東区の今戸神社や、新宿区の自性院(じしょういん)なども招き猫ゆかりの寺社として知られており、どこが最初かを一つに決めるのは難しいのが実情です。

そのため境内には招福観音をまつる「招福殿(しょうふくでん)」があり、その横の奉納所が招き猫であふれているのです。

豪徳寺の場合は、寺に伝わる大名との逸話がそのまま由来として語られてきた点が特徴です。奉納所の光景も、この物語を知ってから眺めると見え方が変わってきます。

豪徳寺では招き猫を「招福猫児」と呼ぶ

豪徳寺では、招き猫のことを独自に「招福猫児(まねきねこ)」と呼んでいます。同じ「まねきねこ」でも、当て字に「福を招く猫」という願いがそのまま込められているのが特徴です。

見た目にも個性があります。一般的な招き猫は小判を抱えていますが、豪徳寺の招福猫児は小判を持たず、右の前足だけをそっと上げた上品な姿をしています。

姿をもう少し細かく見ると、白を基調とした体つきで、上げているのは右の前足だけ。派手な装飾がなく、落ち着いたたたずまいにまとまっています。

お土産物として売られている招き猫と並べれば、胸元に小判があるかどうかで一目で見分けられます。手元の一体が豪徳寺のものかどうか迷ったときは、そこを確かめてみてください。

豪徳寺の奉納所に並ぶ白い招き猫(招福猫児)のイメージ

豪徳寺の招き猫の由来となった伝説

豪徳寺の招き猫が生まれたきっかけは、彦根藩(ひこねはん)の二代藩主・井伊直孝にまつわる言い伝えです。一匹の猫との出会いが、荒れていたお寺の運命を大きく変えたと伝えられています。

井伊直孝は徳川家に仕えた大名で、彦根藩の領地は近江(滋賀県)だけにとどまりませんでした。江戸に近い世田谷一帯も藩の領地となっており、藩主が周辺を通る機会のある土地でした。

ここからは、伝説の流れを「猫との出会い」「雷雨」「菩提寺への発展」の三段階に分けて追いかけます。筋道を押さえておくと、境内の見どころもつながって見えてきます。

井伊直孝を手招きした一匹の白猫

江戸時代の初め、井伊直孝が鷹狩りの帰りに、当時まだ小さく貧しかったお寺(弘徳院)の前を通りかかりました。すると、寺で飼われていた白猫が門の前で手招きをしていたといいます。

当時の弘徳院(こうとくいん)は、手入れの行き届かない小さな寺だったと伝えられています。大名の一行がわざわざ立ち寄るような場所では、本来ありませんでした。

不思議に思った直孝は、その猫に導かれるように寺の中へ足を踏み入れました。

猫が前足を上げていなければ、そのまま通り過ぎていたはずの寺です。伝説の面白さは、この小さな寄り道が後の大きな縁につながっていく点にあります。

猫のおかげで雷雨を避けられた話

直孝が寺に入った直後のことです。空が急に暗くなり、雷鳴とともに激しい夕立が降り出しました。猫に招かれて雨宿りができた直孝は、難を逃れたことになります。

この場面の伝わり方には幅があり、寺の近くの大木に雷が落ちたという形で紹介されることもあります。細部は違っても、猫に招かれたおかげで危険を避けられたという筋は共通しています。

そのまま寺の和尚から茶をふるまわれ、ありがたい法話を聞いて帰ったと伝えられています。一匹の猫が結んだ、ささやかな縁でした。

屋外で過ごすことの多い鷹狩りの帰り道に、雷を伴う荒天は大きな脅威でした。だからこそ、この偶然が語り継がれる出来事になったと考えられます。

たまたまの雨宿りが、お寺の運命を変える大きな縁につながったんですね。

縁がきっかけで井伊家の菩提寺に

この出来事をきっかけに、直孝はお寺を厚く支援するようになりました。やがて弘徳院は井伊家の菩提寺(ぼだいじ)として整えられ、立派なお寺へと生まれ変わります。

世田谷が彦根藩の領地になったのは寛永10年(1633年)とされ、荒れていた弘徳院はこれ以降、井伊家ゆかりの寺として姿を整えていきました。

1659年に直孝が亡くなると、その法号にちなんで寺は「豪徳寺」と名づけられました。和尚は猫が亡くなったあとに墓を建て、その猫にあやかって作られた像が、のちの招き猫になったといわれています。

境内には歴代藩主や一族の墓が並ぶ井伊家墓所があり、幕末の大老・井伊直弼(いい なおすけ)の墓もここにあります。2008年には「彦根藩主井伊家墓所」として国の史跡に指定されました。

豪徳寺の招き猫が小判を持たない理由

豪徳寺の招福猫児が小判を持たないのには、はっきりとした理由があります。それは「招くのはお金ではなく、人とのご縁である」という考え方に基づくものです。

全国の土産物店に並ぶ招き猫の多くは、胸に大きな小判を抱えた姿をしています。商売繁盛や金運を願う縁起物として定着してきたためです。

その定番からあえて外れているところに、招福猫児らしさがあります。ここでは、その考え方を「何を招くのか」と「どう受け取るのか」の二つの角度から見ていきます。

招くのは「お金」ではなく「縁」

一般的な招き猫は、金運の象徴として小判を抱えています。一方の招福猫児が招くのは、人とのつながり、つまり「ご縁」だとされています。

ご縁は、仕事の紹介や思いがけない再会のように、たいてい人を介してやってきます。お金もその先で生まれる結果と考えれば、順番が入れ替わっているだけとも言えます。

井伊直孝と寺を結んだのも、まさにこのご縁でした。招福猫児は、その物語をそのまま形にした存在といえます。

金運そのものを願いたいときは、小判を抱えた一般的な招き猫を選ぶという分け方もできます。願う内容で選び分ければ、どちらを求めるか迷わずに済みます。

報恩感謝の気持ちが福を呼ぶという教え

豪徳寺の説明によれば、招福猫児は人を招いて良いご縁をもたらしますが、福そのものを直接与えてくれるわけではないとされています。そのご縁を生かせるかどうかは、その人しだいというわけです。

お参りのときに願い事を並べるだけでなく、これまで力を貸してくれた人を思い浮かべて手を合わせる。そんな向き合い方が、この教えに沿った参拝といえます。

招福猫児に込められた教え:報恩感謝(ほうおんかんしゃ)の気持ちを忘れずにいれば、自然と福が訪れる——。この教えがあるからこそ、招福猫児は小判を持たず、右手だけを静かに上げているといわれています。

招き猫の右手・左手・色の意味もおさらい

豪徳寺の招福猫児は右手を上げていますが、一般的な招き猫では右手と左手で意味が変わるとされています。せっかくなので、招き猫全般の縁起もおさらいしておきましょう。

招き猫は江戸時代以降に広まった縁起物で、手の向きや色ごとの意味づけは、作り手や売り手の説明を通じて後から整理されてきた面があります。地域や店によって解説が違うことも珍しくありません。

ここで紹介するのも、広く紹介されている目安と考えてください。そのうえで、豪徳寺の招福猫児との違いを見ていきます。

右手は金運、左手は人(客)を招く

招き猫は、上げている手によって招くものが違うと言い伝えられています。一般的には次のように整理されています。

上げている手招くとされるもの
右手金運・お金
左手人(お客さん)・ご縁
両手金運と人の両方(欲張りすぎとして避ける説もあり)

豪徳寺の招福猫児は右手を上げていますが、小判は持ちません。お金そのものより、それを呼び込む「ご縁」を大切にする姿勢が表れているといえます。

手を上げる高さにも意味づけがあり、高く上げた猫ほど遠くの福を招くという説明も広く紹介されています。低い位置の手は、身近な福を招く姿と整理されます。

どちらが優れているという決まりはないので、置き場所の広さや見た目の好みで選んで構いません。

色によって異なる縁起の意味

招き猫は色にも意味があるとされ、目的に合わせて選ぶ楽しみがあります。代表的なものを挙げてみましょう。

  • 白:開運・福を招く定番の色
  • 黒:魔除け・厄除け
  • 金:金運・商売繁盛
  • 赤:無病息災・健康祈願
  • ピンク:恋愛運・良縁

豪徳寺の招福猫児は、清らかさを思わせる白い姿が基本です。色の意味を知っておくと、お土産選びもより楽しくなります。

色の意味づけも、招き猫が土産物として広まるなかで整理されてきた面が強く、作り手によって説明が分かれます。贈り物にするなら、相手が今いちばん願っていることに近い色を選ぶと気持ちが伝わります。

玄関に飾るなら白や金、机まわりに置くなら落ち着いた色、といった選び方でも問題ありません。

新年の縁起かつぎにも興味がある方は、こちらの記事もあわせてどうぞ。

豪徳寺へ参拝するときに知っておきたいこと

豪徳寺は招き猫の名所であると同時に、井伊家ゆかりの落ち着いたお寺でもあります。参拝の前に、見どころやアクセスを押さえておくと安心です。

境内には2006年に建てられた三重塔もあり、彫刻のなかに猫の姿が隠れています。招き猫の奉納所だけを見て帰るには惜しい境内です。

拝観は朝6時から夕方17時ごろまでで、拝観料はかかりません。御朱印や招福猫児を扱う寺務所の受付は8時から15時ごろまでと短いため、午前中に着くように予定を組むと安心です(最新の時間は参拝前に公式の案内で確認してください)。

招福殿と招き猫の奉納所

境内の招福殿には招福観音がまつられ、その横に招き猫の奉納所があります。ここに並ぶ無数の招福猫児こそ、豪徳寺といえば思い浮かぶ象徴的な光景です。

願いがかなった人が招き猫を奉納する習わしがあり、たくさんの猫が積み重なっていきます。お参りのあとは、静かに手を合わせて見てまわりたい場所です。

並んでいる猫は持ち帰りません。一体ずつが、誰かの願いとお礼が形になったものだからです。

写真を撮るときも、お参りしている人の後ろを横切らない位置から静かに構えるようにしたいところです。周りに墓所がある区画では、シャッター音にも気を配ると安心です。

招き猫がいただける場所・サイズ

豪徳寺では、招福猫児を授与所で受けることができます。手のひらに乗る小さなものから大きなものまで、いくつかのサイズが用意されているのが一般的です。

大きさの幅はおおよそ高さ10センチほどの小型から、30センチ前後の大型までです。初穂料はサイズごとに決められており、混み合う時期には授与数に制限が設けられることもあります。

自宅に迎えたあと、願いがかなったら奉納所に納めて感謝を伝える、という流れも豪徳寺ならではの楽しみ方といえます。最新の授与内容は、参拝前に公式の案内で確認しておくと確実です。

願いがかなったらお礼に納める、という循環があるのが豪徳寺らしいですね。

アクセス・最寄り駅(豪徳寺駅・宮の坂駅)

豪徳寺へのアクセスは、二つの最寄り駅から徒歩で向かえます。

  • 小田急小田原線「豪徳寺」駅から徒歩約10分
  • 東急世田谷線「宮の坂」駅から徒歩約5分

のんびりした世田谷の住宅街を歩いて向かう道のりも、参拝の楽しみのひとつです。多くの招き猫を見たいなら、奉納が集まりやすい1月から2月ごろが見ごたえのある時期とされています。

ただし正月三が日や連休は境内が混み合います。ゆっくり見て回りたいなら、平日の午前中を選ぶとお参りにも時間をかけられます。

参拝のタイミングを縁起のいい日に合わせたい方は、こちらの記事も参考になります。

お参りの基本的な作法をおさらいしておきたい方には、こちらもおすすめです。

その2月には、猫そのものが主役になる記念日もあります。

豪徳寺の招き猫についてよくある質問

参拝を考えている方から寄せられやすい疑問を、5つにまとめました。

参拝にはどれくらい時間をみておけばいいですか?

奉納所とお参りだけなら30分ほどが目安です。三重塔や井伊家の墓所まで歩くなら1時間前後をみておくと、慌てずに回れます。写真を撮りながらだと、さらに時間がかかると考えてください。

招福猫児は家のどこに置くのがよいですか?

置き場所に厳密な決まりはありません。人の出入りが見える玄関やリビングの棚など、目線より少し高い位置に置く人が多いようです。ほこりを払いやすい場所を選んでおくと、長くきれいに保てます。

奉納するのに期限はありますか?

いつまでに納めなければならない、という期限はありません。区切りがついたと感じたときに持参すれば十分で、そのまま家に置き続けても差し支えありません。遠方で足を運びにくい場合は、次に参拝する機会に合わせて構いません。

豪徳寺と今戸神社では、どちらが招き猫の発祥ですか?

どちらか一方に決着がついているわけではなく、語られている中身が違います。豪徳寺は実際の猫が人を招いた出来事として、今戸神社は今戸焼の人形が江戸で広まった話として伝えられています。猫好きなら、両方を訪ねて比べてみるのも楽しみ方の一つです。

ひこにゃんは豪徳寺と関係がありますか?

関係があります。ひこにゃんは2007年の「国宝・彦根城築城400年祭」のキャラクターとして登場し、井伊直孝を招いた白猫の逸話と、井伊家の赤い兜が造形のもとになっています。世田谷と彦根が猫でつながっている、というわけです。

まとめ|豪徳寺の招き猫に込められた意味

豪徳寺の招き猫「招福猫児」は、一匹の白猫が大名を手招きしたという伝説から生まれました。そのご縁が荒れたお寺を立派な菩提寺へと変え、今に伝わる物語になっています。

小判を持たないのは、招くのがお金ではなく人とのご縁だから。報恩感謝の気持ちを忘れなければ、自然と福が訪れるという教えが込められています。

要点を並べると、次のようになります。

  • 豪徳寺は世田谷区にある曹洞宗の寺で、招き猫発祥の地の一つとして知られる
  • 由来は井伊直孝を手招きした白猫の伝説。寺はのちに井伊家の菩提寺になった
  • 寺での呼び名は「招福猫児」。小判を持たず、右の前足だけを上げた姿が目印
  • 願いがかなったら奉納所に納める。授与所は寺務所の受付時間内のみ

まず何から始めるかといえば、参拝する日を決めることです。寺務所の受付は15時ごろで終わるため、午前中に着ける日を選んでおくと、招福殿も三重塔も落ち着いて見て回れます。

豪徳寺の招き猫は、ただの縁起物ではなく「ご縁を大切にする心」を形にしたもの。世田谷を訪れる機会があれば、その物語を思い出しながらお参りしてみてください。

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