時刻表記念日は10月5日|由来は1894年の汽車汽船旅行案内

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カレンダーの「今日は何の日」で時刻表記念日という名前を見かけて、時刻表に記念日があるのかと意外に思った方もいるのではないでしょうか。今では駅の時刻はスマホで一瞬で調べられますが、全国の列車の時刻を一冊にまとめた時刻表が生まれたのは、130年以上も前のことです。

この記事では、時刻表記念日の日付と由来、日本初の本格的な時刻表『汽車汽船旅行案内』の中身、そこから今のJTB時刻表・JR時刻表へと続く歩み、初めてでも迷わない時刻表の読み方、記念日の楽しみ方までをまとめました。

時刻表記念日は毎年10月5日です。1894年(明治27年)のこの日に、全国の汽車と汽船の時刻をまとめた月刊の時刻表『汽車汽船旅行案内』が発行されたことにちなんでいます。

目次

時刻表記念日は10月5日|由来は1894年の『汽車汽船旅行案内』

時刻表記念日は、毎年10月5日です。日付は固定されていて、年によって動くことはありません。国民の祝日ではないので、この日に学校や会社が休みになることもありません。まずは、なぜ10月5日なのかを見ていきましょう。

1894年は、長い距離を結ぶ幹線が相次いでつながった時期にあたります。東海道線の新橋〜神戸間が全通したのは1889年7月、日本鉄道の上野〜青森間が全通したのは1891年9月です。山陽鉄道も1894年6月に広島まで延びており、10月5日はそこから4か月たらずの日にあたります。

日本初の本格的な月刊時刻表が出た日

1894年(明治27年)10月5日、東京の出版社・庚寅新誌社(こういんしんししゃ)から『汽車汽船旅行案内』が発行されました。全国の鉄道と汽船の時刻を一冊にまとめ、毎月刊行した時刻表で、日本で初めての本格的な時刻表とされています。

この発行日にちなんで、10月5日は「時刻表記念日」と呼ばれるようになりました。日本時刻表協会が制定したとする紹介もありますが、日本記念日協会への登録の有無は確認できておらず、時刻表の歴史の節目となった日として紹介されている記念日です。最初の号が出てから、130年以上がたちます。

発行を手がけた手塚猛昌と福沢諭吉の勧め

『汽車汽船旅行案内』の発行を中心になって進めたのは、山口県出身の実業家・手塚猛昌(てづか たけまさ)です。手塚は、福沢諭吉を恩師と仰いでいた人物でした。

手塚はイギリスで出ていた時刻表を参考にし、福沢の勧めを受けてこの事業に取りかかったと伝えられています。鉄道が国の発展を支えると考えられていた時代に、誰でも全国の列車を調べられる本をつくろうとした試みでした。

手塚は1889年(明治22年)に慶應義塾の別科を終えています。翌1890年には、東京の京橋区鎗屋町(今の中央区銀座)に庚寅新誌社を興しました。社名は、その年の干支「庚寅」から字を取ったものです。同じ名の雑誌『庚寅新誌』など政治色の強い本を出していた会社で、時刻表の発行は創業から4年後のことでした。

『汽車汽船旅行案内』に載っていたもの

『汽車汽船旅行案内』には、駅名と発車の時刻、運賃がまとめて載っていました。それだけでなく、沿線の名所の案内や紀行文まで収められていて、時刻を調べる道具であると同時に、旅の読み物でもあったのが大きな特徴です。

書名に「汽船」が入っているのは、当時の長距離の移動が鉄道だけでは完結しなかったからです。鉄道と船を乗り継ぐ旅が当たり前だった時代に、その両方の時刻と運賃を一冊で確かめられることは、旅をする人にとって大きな助けになりました。

時刻表記念日の基本

  • 日付:毎年10月5日(祝日ではない)
  • 由来:1894年10月5日に『汽車汽船旅行案内』が発行された
  • 発行元:庚寅新誌社(発行を進めたのは手塚猛昌)
  • 中身:全国の汽車・汽船の時刻と運賃、沿線案内、紀行文

それまでの時刻表はどうだった?鉄道開業からの20年

『汽車汽船旅行案内』が出る前にも、列車の時刻を知らせる表はありました。ただし、路線ごとに別々に知らされていて、全国の列車をまとめて調べる手段はなかったのです。鉄道が開業してからの約20年を振り返ると、一冊にまとめた時刻表の新しさがよくわかります。

1872年当時、日本の暮らしの時刻は、まだ不定時法でした。日の出と日の入りを境に、昼と夜をそれぞれ6つに分ける数え方です。季節によって一刻の長さが変わるため、列車を正確に動かすには向きません。そのため鉄道は開業の時点から、1時間の長さが一定の定時法で運行していました。世の中の時刻がこの方式にそろうのは、翌1873年の改暦からです。

1872年の開業時は「午前八字」の12時間表記

日本で最初の鉄道は、1872年(明治5年)に新橋〜横浜間で開業しました。このときの列車の時刻は縦書きで、数字は漢数字、時刻は午前・午後に分ける12時間の表記でした。「午前八字」「三字十七分」のように、今の「時」にあたる部分に「字」の文字が使われていたのも、当時ならではの書き方です。

開業したころの列車は本数も少なく、駅や新聞で時刻を知らせれば十分でした。1日に何本もの列車が走り、あちこちで乗り継ぐような旅は、まだ一般的ではなかったのです。

明治時代の駅舎を思わせる木造のホームと、黒い蒸気機関車が静かに停まっている様子。古い懐中時計が手前に置かれている

1873年の初の市販時刻表と、路線ごとにばらばらだった時刻

開業の翌年、1873年(明治6年)9月には、『鉄道貨物運輸賃銭表・列車時刻表』という時刻表が市販されました。お金を払って買える時刻表としては、これが最初とされています。

その後、明治20年代にかけて、国が建設した路線のほかに民間の鉄道会社の路線も次々に延びていきました。ところが、時刻はそれぞれの路線や会社が別々に公表していたため、遠くへ出かける人は複数の情報を自分で集めて、乗り継ぎを組み立てるしかありませんでした。

こうした不便を一冊で解決したのが、1894年の『汽車汽船旅行案内』です。乗り継ぎの時刻と運賃を出発前に確かめられるようになり、鉄道と船を組み合わせた近代的な旅がぐっと身近になりました。

時刻表の歩み|汽車時間表からJTB時刻表・JR時刻表へ

『汽車汽船旅行案内』のあとも、時刻表は時代に合わせて形を変えながら発行が続けられてきました。今、書店に並ぶ大型の時刻表は2誌あり、どちらも長い歴史を持っています。主な出来事を年表にまとめました。

年出来事
1872年(明治5年)新橋〜横浜間で鉄道が開業
1873年(明治6年)『鉄道貨物運輸賃銭表・列車時刻表』が市販される
1894年(明治27年)10月5日に『汽車汽船旅行案内』が発行される
1925年(大正14年)鉄道省編纂の『汽車時間表』が創刊(今のJTB時刻表の前身)
1942年(昭和17年)鉄道の時刻が24時間制に。誌名も「時間表」から「時刻表」へ
1963年(昭和38年)弘済出版社が『全国観光時間表』を創刊(今のJR時刻表の前身)
1988年(昭和63年)『JR時刻表』の誌名になる
2025年(令和7年)JTB時刻表が創刊100年を迎える

1925年『汽車時間表』の創刊(2025年に100年)

今の『JTB時刻表』のはじまりは、1925年(大正14年)4月に創刊された、鉄道省運輸局編纂の『汽車時間表』です。戦時中の一時期を除いて毎月発行が続き、2025年4月号で創刊100年を迎えました。

100年の節目には、発行元のJTBパブリッシングが記念号を出したり、歴代の表紙をたどる企画を行ったりしています。毎月の発行を1世紀にわたって続けてきた雑誌は多くありません。時刻表が、鉄道とともに暮らしに根づいてきたことがうかがえます。

「時間表」から「時刻表」へ・24時間制への切り替え

今では当たり前の「時刻表」という呼び名ですが、昭和の初めごろまでは「時間表」と呼ばれていました。1942年(昭和17年)、鉄道の時刻の表し方が午前・午後に分ける12時間制から、0時から23時までで表す24時間制に改められます。これに合わせて、誌名も「時間表」から「時刻表」へ変わりました。

24時間制にすると、「午後3時」と「午前3時」を取り違えるおそれがなくなり、夜行列車の多い時刻表がぐっと読みやすくなります。開業時の「午前八字」から、70年かけて今の書き方にたどり着いたことになります。

大型時刻表が2誌並ぶ今

もう一つの大型時刻表である『JR時刻表』は、1963年(昭和38年)5月に弘済出版社が創刊した『全国観光時間表』がはじまりです。誌名や大きさを何度か変えたあと、国鉄の分割民営化の翌年にあたる1988年に『JR時刻表』となりました。弘済出版社は、2001年に今の交通新聞社へ社名を変えています。

どちらもB5判で1,000ページを超える厚さがあり、JRの列車だけでなく私鉄や航空、バスなどの情報も載っています。ページの組み方や記号には2誌で少しずつ違いがあるので、書店で見比べて、自分が読みやすいほうを選ぶとよいでしょう。持ち歩きやすい小型版も発行されています。

時刻表の基本の読み方|初めてでも迷わない3つのポイント

分厚い時刻表は、最初はどこから見ればよいのか戸惑いがちです。けれども、ページの探し方と表の向き、よく出る記号の3つを押さえれば、目的の列車にたどり着けるようになります。ここでは大型時刻表を例に、基本の読み方を紹介します。

『JTB時刻表』の私鉄のページは、全列車を載せる作りにはなっていません。発行元のJTBパブリッシングは、有料特急なら全列車を収め、それ以外は本数や紙面の都合で一部を省くと説明しています。開いたページに目当ての列車が見当たらないときは、読み違いではなく、もともと載っていない列車ということもあります。

(1) 索引地図で目的のページを探す

時刻表を開いたら、まず巻頭にある索引地図を見ます。全国の路線が地図の上に描かれていて、路線ごとに、その時刻が載っているページの番号が書き込まれています。乗りたい区間を地図で探し、そばに書かれたページ番号を開くのが基本の流れです。

新幹線や特急など主な列車は、地域ごとの路線とは別に、まとめたページが設けられていることがあります。目次もあわせて見ておくと、探す時間を短くできます。

(2) 駅名は縦、列車は1本ずつ縦の列で読む

時刻のページでは、左の端に駅名が上から順に並んでいます。その右に、列車が1本ずつ縦の列になって並ぶ形です。列の上のほうに列車番号や列車名が書かれていて、その列を下にたどると、各駅を何時何分に出るかがわかります。

同じ路線でも、進む向きによって「下り」と「上り」でページが分かれています。JRでは東京に向かう方向を上りとするのが原則で、反対に東京から離れていく方向が下りです。乗りたい向きのページを開いているか、最初に確かめておくと読み間違いを防げます。

木の机の上に開いた分厚い時刻表と、横に置かれた鉛筆と付箋、湯気の立つコーヒーカップ

(3) よく出てくる記号の意味

時刻表には、時刻のかわりに記号が入っている欄があります。なかでもよく見かけるのが「レ」と「‖」の2つです。「レ」はその駅を止まらずに通過すること、「‖」はその列車がほかの線を通るため、その駅を経由しないことを表します。

このほか、運転する日が限られる列車や、指定席・自由席の有無などを表す記号もあります。記号の意味は時刻表ごとに巻頭や巻末の「凡例(はんれい)」にまとめられているので、見慣れない記号が出てきたら凡例のページで確かめましょう。

紙の時刻表はその月の号の内容です。ダイヤ改正や臨時の運休もあるので、実際に乗る前には、鉄道会社の公式サイトやアプリで最新の時刻を確かめておくと安心です。

時刻表記念日の楽しみ方

時刻表は、列車の時刻を調べるためだけの本ではありません。眺めるだけで旅の気分を味わえることから、時刻表そのものを楽しむ人もたくさんいます。10月5日の時刻表記念日には、ふだんとは違う時刻表の楽しみ方を試してみてはいかがでしょうか。

創刊から100年がたった今も、『JTB時刻表』は年間約40万部が売れています。編集部を取材した雑誌『サライ』のウェブ記事が伝えている数字です。乗り換えアプリで時刻を調べられる時代になっても、毎月の新しい号を買い求める人がそれだけいます。記念日に合わせて、書店でその月の号を1冊選んでみるのも手軽な過ごし方です。

紙の時刻表で「机上旅行」をしてみる

机上旅行とは、実際には出かけずに、時刻表と地図だけで旅の行程を組み立てる遊びです。「朝いちばんの列車で出発したら、夕方までにどこまで行けるか」「この駅で乗り換えれば何分待ちで済むか」と、ページをめくりながらルートを考えていきます。

乗り換えアプリなら一瞬で答えが出ますが、自分の手で乗り継ぎを探すと、通ったことのない路線や、名前も知らなかった駅に出会えます。組み立てた行程をメモしておけば、いつか本当に出かけるときの旅の計画にもなります。旅と観光にまつわる記念日としては、9月の世界観光の日もあります。

時刻表が鍵になる名作を読む

時刻表は、多くの小説の舞台装置にもなってきました。よく知られているのが、松本清張の推理小説『点と線』です。東京駅のホームから、別のホームに停まる特急列車を見通せるのは1日のうちわずか4分間だけ、という時刻表の細かな読み込みが、物語の鍵を握っています。

西村京太郎の十津川警部シリーズにも、列車の時刻やダイヤを使ったトラベルミステリーが数多くあります。また、宮脇俊三の紀行文『時刻表2万キロ』は、時刻表を片手に当時の国鉄の全線に乗った記録です。どれも、時刻表の数字の並びが物語に変わるおもしろさを教えてくれます。

古い時刻表や復刻版を眺める

何十年も前の時刻表を開くと、今はなくなった夜行列車や、廃止された路線の時刻がそのまま残っています。所要時間や運賃を今と比べると、交通の移り変わりが手に取るようにわかり、時刻表が時代の記録でもあることに気づかされます。

古い号は、古書店や図書館で見られることがあります。過去の時刻表を復刻した本や、時刻表の歴史を解説した本も出版されているので、記念日をきっかけに一冊手に取ってみるのもおすすめです。家に古い時刻表が眠っていれば、家族で「この列車に乗ったことがある」と思い出を語り合うのも楽しい過ごし方です。

10月5日の前後にある鉄道・時間の記念日

時刻表記念日のほかにも、鉄道や時間にまつわる記念日は1年のあちこちにあります。10月はとくに鉄道の記念日が続く月で、時刻表記念日の9日後には鉄道の日がやってきます。関連する記念日を表にまとめました。

記念日日付由来
時刻表記念日10月5日1894年に『汽車汽船旅行案内』が発行された
鉄道の日10月14日1872年に新橋〜横浜間で鉄道が開業した
時の記念日6月10日『日本書紀』にある、漏刻(水時計)で時を知らせた記録にちなむ
モノレール開業記念日9月17日1964年に東京モノレールが開業した

9日後の10月14日は鉄道の日

10月14日の鉄道の日は、1872年に新橋〜横浜間で日本初の鉄道が開業したことにちなむ記念日です。もとは「鉄道記念日」と呼ばれていて、1994年から今の名前になりました。この時期には、各地で鉄道にまつわるイベントが開かれることもあります。時刻表記念日から鉄道の日までの10日ほどを、鉄道に親しむ期間として過ごすのも楽しみ方の一つです。

1872年10月14日は、当時使われていた旧暦では明治5年9月12日にあたります。開業の式典は9月9日に予定されていましたが、大雨のため12日に延びました。開業時の列車は新橋〜横浜間を1日9往復し、片道53分で結んでいました。

電車やモノレールにまつわる記念日

1920年(大正9年)に東京天文台と生活改善同盟会が定めた6月10日の時の記念日は、路面電車の日とも日付が重なります。6月10日は、時計と電車の両方にゆかりのある日といえます。

「電車の日」と呼ばれる記念日は1つではなく、由来の違う日付がいくつもあります。どの日がどんな出来事にちなんでいるのかを知っておくと、鉄道の歴史を別の角度から見られます。

9月17日のモノレール開業記念日は、東京オリンピックの直前に羽田空港へ向かう路線が開業したことにちなむ日です。時刻表にも載っている身近な乗り物の記念日として、あわせてチェックしてみてください。

同じ10月5日は教師の日でもある

10月5日は、時刻表記念日のほかに「教師の日」でもあります。ユネスコが定めた世界教師デーと同じ日で、先生に感謝を伝える日として知られるようになってきました。同じ日にいくつもの記念日が重なっているのも、カレンダーをめくる楽しさの一つです。

10月にはほかにも、スポーツの日や十三夜、ハロウィンなど季節の行事が続きます。月全体の行事を知りたい方は、一覧の記事もあわせてどうぞ。

時刻表記念日についてよくある質問

時刻表記念日はいつですか?

毎年10月5日です。日付は固定で、年によって変わることはありません。国民の祝日ではないため、休みにはなりません。

日本で最初の時刻表は何ですか?

市販された時刻表としては、1873年(明治6年)の『鉄道貨物運輸賃銭表・列車時刻表』が最初とされています。全国の汽車と汽船の時刻を一冊にまとめた本格的な月刊の時刻表は、1894年10月5日発行の『汽車汽船旅行案内』です。

『汽車汽船旅行案内』をつくったのは誰ですか?

発行元は東京の庚寅新誌社で、発行を中心になって進めたのは山口県出身の実業家・手塚猛昌です。恩師の福沢諭吉の勧めを受け、イギリスの時刻表を参考にしてつくったと伝えられています。

JTB時刻表とJR時刻表の違いは何ですか?

発行元と歴史が違います。JTB時刻表はJTBパブリッシングが発行し、1925年創刊の『汽車時間表』が前身です。JR時刻表は交通新聞社が発行し、1963年創刊の『全国観光時間表』が前身です。どちらも大型の時刻表ですが、ページの組み方や記号に違いがあります。

時刻表の「レ」はどういう意味ですか?

その列車が、その駅に止まらず通過することを表す記号です。記号の意味は時刻表の凡例のページにまとめられているので、迷ったときはそちらで確かめましょう。

まとめ

時刻表記念日は毎年10月5日です。1894年のこの日に、手塚猛昌が福沢諭吉の勧めを受けて手がけた『汽車汽船旅行案内』が発行されたことにちなんでいます。路線ごとにばらばらだった列車の時刻を一冊にまとめたことで、乗り継ぎを前もって計画する近代的な旅が広がりました。

その流れは、1925年創刊の『汽車時間表』を前身とするJTB時刻表や、1963年創刊の『全国観光時間表』を前身とするJR時刻表へと受け継がれています。索引地図・表の向き・記号の3つを押さえれば、分厚い時刻表も読み解けるようになります。

10月5日の時刻表記念日には、紙の時刻表を開いて机上旅行をしたり、時刻表が鍵になる名作を読んだりして、130年以上続く時刻表の世界にふれてみてください。

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